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 セレナとユーリの婚約破棄。
 エリスとユーリの新たな婚約。

 その程度でオルエン商会が揺らぐ事は無い。



 はずだった……。

 従業員内に見られる歓喜、不安、混乱に会長の片腕であるラリーは戸惑っていた。 だからと言って主である男に進言出来るものではない。 それでも、問わずにはいられなかった。

「どう、なさるつもりですか?」

「ユーリにエリスを見張らせ、商会に近寄らせなければ……いずれセレナへの誹謗は消えるでしょう」

 善人は感情を優先するため利益を損なう。
 悪人は利益を最優先出来る。

 それがオルエン商会会長 ジャド・オルエンのモットーだった。

 ジャドがまだ子供だった頃、善人であろうとした父は食い物にされ、助けた者達に命までしゃぶり尽くされた。 だから……弱者の振りをして父を食い物にした者達に仕返しをしようと考えたのが……商売人となったきっかけでもある。

 それでも良心を捨てきれず、何度か弱みを見せて見た……誠実であるなら誠実に返そうと思った。 だが実際には、隙を見せた瞬間に飢えた獣達は襲い掛かってきた。

 だから、相手の弱点を知り、揺すった。



 力を見せつけなければ、侮られる。
 全ては諦めから来た結論だった。



「ユーリ様とエリス様でもよろしいのではないでしょうか?」

 そんな秘書ラリーの声に、会長ジャドは眉間を寄せ分厚いファイルを投げつけた。 避ける事は許されず、ラリーは額でファイルを受け止めれば凶悪な音が響いた。

「だから、お前は馬鹿なのですよ。 戦争、喧噪、混迷の時代は終わりを迎え時代は変化しています。 今までのやり方では寝首をかかれる事を肝に銘じなさい」

「ですが、今回の件……やり方を間違えれば内部分裂の原因になりかねません」

「時間が解決してくれますよ」

 出来るなら善人でありたかった。

 善人を貫きながらもバランスよく利益を生み出すセレナは、ジャドにとって夢の姿だった。 それがセレナを優先する理由。





 翌日、気まずそうに持ち込まれる新聞に目を通すまで、ジャドは全て時間が解決してくれると思い込んでいた。



 オルエン商会会長ジャドは、イライラとしながらクレイを呼びつければ、まるでそうなる事を待っていたかのようにジャドの前にクレイが現れた。

「珍しいですね。 会長がわざわざ私を呼びだすなんて」

 放り出される紙の束がクレイを打ちつける。

「遅い!!」

 痛みはない。

 だが……屈辱はあった。 それでもクレイは艶やかに笑いながら、自分にあたり落ちていく紙の束を拾い集め、会長のテーブルの上でトントンと揃え書類を父親であるオルエン商会会長の元に戻した。

「コレは、どういうことだ!!」

「何が、でしょうか?」

 空々しく返したクレイの顔面にあたった書類はパラパラと散らばり落下する。 瞬間に、揺れる文字を覗き見ていた。

 だから笑ったのだ。

 それらの大半はクレイの想定通りだったから。

 ジャドが焦る理由。

 1つ目は、セレナがユーリと婚約破棄し、顔色悪い様子で商会から出て行く姿を見て、セレナの秘蔵っ子とも言える優秀な者達が退職を願い出た。

 そうするだろうと思っていた。 と、言うよりも……そうなれば良いと思いながら、朝早く出勤前の彼等の元に元騎士団出身の弁護士を向かわせたのだ。 でなければ、暴力と暴言で会長は従業員達を支配しただろう……セレナを手元に置けるようにと……。

 そして2つ目、昨日あの後に行われた事業報告会がまともに機能しなかった。 今後の事業計画も、新規企画も、問題への対策も何も成される事は無かったのが想像できる。 何しろ……彼等は暴力で全てを抑え込み事業拡大を成功させた者達だから。

 ただ……挟まれていた新聞だけが、クレイの知らないものだった。 書類を拾い集めながら新聞を一番上に置き盗み読む間もジャドは話続けていた。

 これは……セレナへの誹謗中傷が書き連ねられていた。

 日頃から入れ代わりを意識してキャラづけをしていたと、商会の事業に関わる事を求められるセレナはエリスが困らないよう近寄りがたい印象を日頃から作り上げていたと言っていた。

 エリスを絶対的な味方だと思っていたセレナには……彼女の力になれるような味方はいないと言っても過言ではないだろう。 それでもクレイはジャドに隠れ薄く笑っていた……エリスが居なくなった空白こそが自分の収まるべき場所なのだと。

「お前を会長に推すつもりが、こんな事をされては話にならん!! なんとかしろ!!」

 そして……珍しく言葉を乱してまで苛立ちを露わにする会長ジャドの様子がおかしかった。

 可哀そうに……。
 折角作り上げた王国が崩壊するのを見届けなければならないとは。

 そう心の中で笑いながらも、無知を演じる。

「なんとか、とは?」

「セレナの悪評をもみ消せ、オルエン商会に嫉妬した奴等がでっちあげた嘘だろう」

「嘘なら……もみ消すのは悪手でしょう。 それに商会内の噂を集めて貰えば分かると思いますが、セレナは突発的に前置きも無く癇癪を起し、無抵抗な従業員に暴力をふるったと言う話は1つや2つではありません」

「ふざけるな!! セレナは牙も爪も持たぬ、ただ仕事を効率よくこなし、周囲に指示を与える善行を好む羊飼いだ!! そんな事をするものか!!」

「随分と信頼を得ているようですが……世間の噂はこの新聞の通りですよ。 そうそう会長自らが庇いたてする事はお勧めしませんよ。 オルエン商会は母の気持ち一つで事業資金に困窮するのですから、今まで通り、愛妻家を貫いて下さい」

「お前は!! セレナを庇おうと言う気はないのか!!」

「庇うもなにも、私にはそのような力ありませんよ。 そうしてきたのは会長ではありませんか。 何の期待もされていない私が、幾らセレナの潔白を訴えたところで、誰が信用すると言うのですか……そのようにしたのは父上ですよ」

「欲を持たぬお前に商会を預ける訳なかろう!!」

「なら、私に何かを求めるのは諦めて下さい。 セレナの双子の妹……エリス、父上好みの貪欲で人を陥れるのも厭わぬ性根の座った娘ではないですか。 お大事にされてはどうですか?」

「他者を食い物にしてでもいい事業を拡げろと言う時期は終わった。 今、必要なのは、誰もが理解する計画性、信頼、世間の評判だ。 そんな事も分からぬとは……」

 ジャドは嘆く。

「それでは……余計にセレナではダメではありませんか」

 そしてクレイは他人事のように肩をすくめて見せた。





 結局のところ、ジャドは感情のままをクレイにぶつけ、そして昨日一切何も進まなかった会議の内容を何とかするようにと求めた。

「私には無理ですよ。 私はただの針子ですからね」

「だが、お前はセレナを連れ帰ったのだろう?」

「えぇ、こんなところに置いて置くのが彼女の精神に良くない事は想像できましたからね。 安心してください。 会長の期待に応える才の無い私ですが、彼女を守るぐらいはしますから」

「セレナに……議事録を届け、なんとかしろと伝えるんだ」

「……そのように伝えておきましょう」



 そんな会話をしている中……ノックも無く扉が開かれ得意満面にエリスが現れた。

「お義父様、私が正しいと理解していただけたかしら?」
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