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「どうして、褒めなかった」

「何の事かしら?」

 客人を見送った私の背に掛けられる冷ややかな声。

「ブランドタグへの意見、なぜ、反論しなかった」

「彼女の意見が正しいからよ。 二年前までは丁度かったかもしれないけれど、今の私にはこのイヤリングはもう若すぎるわ。 それに貞節と知性を推している以上、小鳥のデザインは似合わないわ」

「うるさい!! 多少の認識の差ぐらい操作できないのか!!」

「ソレはソレ、コレはコレ、状況に応じて割り切るべきよ」

「公爵令嬢として出来る事は無いと言うのか?」

「無いわ……」

「そうか……」

 ボソリとした言葉と共に、冷ややかな視線が向けられ言葉が続けられた。

「なら、もうお前は要らない」





 新年を迎える祝いを前に、何時もなら口うるさくドレスに対して指摘をしてくるマルセル様が何も言ってこなかった。

 彼が求めたのは、私ではなく、公爵家との繋がりでもない。

 ブランドが確立された今となっては、私は不要だと言う事かしら? 彼の強要は辛かった。 売れない物を売れと言われるのが辛かった。 それを強要されるのが辛かった。 私が着たいと思うドレスが着られないのが、身を飾れないのが辛かった。 貞淑を強制され男性達の妻としての理想だと言われるのが辛かった。

 終わった……。

 ようやく解放されたと私は、新年の準備を始めた。

 ずっと研究を続けていたガラスの髪飾り。
 艶やかなドレス。
 肩を大きく開き、長く裾をなびかせたスカート。
 柔らかな布地のドレスが揺れるごとに光が反射する。

 私は堂々と胸をはりエスコートも無しに、新年の祝いに参加した。 周囲の視線は訝しんでいた。 後に、マルセルが好む貞淑、清楚な白いドレスに無地模様の刺繍を施した地味なドレスだけれど、豊かな胸と細いウエストから協調されたお尻が、貞淑とはかけ離れ妖艶さを醸し出す女性を伴い会場に現れた。

 何時もなら微調整が微妙で、僅かに身体よりも大きなドレスを提供していたのに、彼女のドレスは身体のライン全てがくっきりと見える。

 男性は好奇の目で肌を全部隠しているのに裸のようなドレスを着た女性を見つめ、女性は不快を露わに女性を見た。

「アレでは貞淑とは程遠い、性を搾取してくださいって恰好じゃありません?」
「娼婦を王族主催の新年の祝いにつれてくるなんて恥知らずもいいところだわ」

 そんな声がかけられているとも知らず、二人は我が物顔で、勝者の顔つきで私の元にやってきた。

「新年おめでとう。 お元気そうでなによりですわ」

「今日は、随分と馬鹿っぽい恰好をしている。 知性の無さが透けて見えるようだ」

 嘲るような声。

 公爵家の人間が、人の視線を集めやすい事は彼が理解し、理解しているからこそ利用していた癖に……そう苛立ちを感じる。

「二年もあれば、エリザが作るドレスの真意を理解し、美しく着こなしてくれると信じていたのに……あぁ、どれほど生まれが良くても、品性の無さは魂そのものだったんだな。 メラニー、お前との関係はもう終わりだ。 君がもっと魅力のある人なら……良い関係も気づいて行けただろうが。 申し訳ないが諦めて欲しい。 私はエリザを愛しているんだ。 そして……この度、我が子を授かった。 どうか私を解放し手欲しい」

 随分とかってな言いようだったけれど……。

「お爺様方の遺言は……」

 私は力なく言って見せた。

「お爺様方も孫の幸福を一番に考えるだろう。 僕達が幸福になるためには、残念ながら婚約破棄が必要なのだ。 分かるだろう?」

「ゴメンなさい……。 慰謝料なら十分に支払わせて頂きますわ」

「そう……そこまで考えておいででしたら……仕方がありませんわね」

 私は静かに了承した。

 婚約破棄を示す書類は何も無かったけれど、大勢の人が証人になってくれている。 私は顔を上げてニッコリと微笑んだ。

 正直そろそろだと思っていた。

 二人のブランドを成功させることが、婚約破棄の条件だと思っていた。 祖父たちの遺言からの婚約契約と言うのは、婚姻する当人たちであっても容易に破棄出来るものでは無かった。

 何しろ公爵家の当主が恩を感じた上の婚約なのだから。 それは酒によった汚点だったとかどうとか……内容こそ秘密にしてあるけれど、いえ秘密だからこそ、彼等から受けた恩義は大したことがないのだろうと思われる。 それでも絶対的な恩義として我が家と対等以上の関係を彼等は求めてきているのだから、鬱陶しいと思っているのは私だけではないだろう。

 要約、婚約破棄が出来た。

「メラニー様、ダンスをお願いして良いですか?」

 良く鍛えられた品の良い顔立ちの青年が声をかけてきた。

 外見の屈強さに反する不安そうな様子が女性達から可愛らしいと高い評価を得た。 そして、宝石商である伯爵と養子縁組を行った事が興味を持たれた。 実力で地位も手に入れた。 いや、養子として受け入れても手に入れたい才能の持ち主なのだろうと、人々は彼に興味を向けたのだ。

「お待たせしてしまったかしら?」

「いいえ……。 ただ、どうしても貴方とダンスを踊りたかった。 それだけの事です」

 既に模造宝石は、噂となっていたし。 青年の美貌もまた良い宣伝のとなっている。 そして私とダンスを踊る事で、公爵家に認められた職人と周囲は感じていた。



 中身空っぽのマルセル。
 自らを研鑽したガラス職人。



 既にマルセルに向けられる好奇心は失われかけていた。 丁度いい……私は静まる新年の祝賀会の会場を堂々とあとにする事が出来た。



 あの二人は余程浮かれていたのでしょうね。

 私は店舗と作業所が一体化された店に使用人達と共に来ていた。 新年の特別給料を出したかいがあって、事務所、インテリア、特別な布地は我が家へ、完成済の衣類は元婚約者の家行きの馬車に乗せた。

 店舗と作業所は、冬の厳しい季節を乗り切るのは大変だろうと、浮浪者に貸し出した。

 将来婚姻を前提にするからと言う理由から、店の手伝いをしていた。

 家賃、人件費、広告費、インテリア費、材料費、それに慰謝料の請求を会計士と弁護士を使い元婚約者の元へと届けさせた。

「なぜ!! こんなに慰謝料がかかるのよ!!」

「貴方達は公爵家の方々に恥をかかせました。 これだけの額で収まっているのは幸運としか言いようがないですよ」

 弁護士の言葉にぶちぶちといいながら、慰謝料の分割払いを願いサインをしたらしい。



 公爵家との縁を失い、借金にまみれ、店を失った2人は、貴族ご用達の布地、糸の仕入れのルートも失い貴族相手の商品制作も不可能となった。 商品さえ作れればと、伯爵家の財産を抵当に入れ新たな借金をしたが……商品を買う物はおらず、彼等は名を変え、住まう場所を変え、逃亡の日々を続けるのだった。



 そしてメラニーは、宝石商を営む伯爵家に養子入りしたガラス職人の青年の元に嫁ぎ、商売を幅広く広げ、積み重ねた人間関係の元……信頼と尊敬と愛情に満ちた生活を送る……。
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