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12 それぞれの役割

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 その日の公爵家の別邸は、とても薄暗くそして息苦しかったと使用人達は後に語る。

「まるで、公爵家の誰かが死んだように静かね……。 たかが小娘一人の事で大げさ過ぎるのよ。 ねぇ、そう思いません? │グレーテル《緑》」

「そうですね。 金銭的に余裕のある貴族ならば個人の趣向に合わせた人を側に置こうとするのは当然のこと。 それが、公爵家……次期当主であれば、全てはその度量として評価されると言うのに」

 そんな│グレーテル《緑》の言葉を聞き│フレイヤ《赤》は、満足そうに笑みを浮かべるが、グレーテルの表情はどこか深刻そうに凍り付いていた。

「何よ、その顔」

「ですが、暴力までは許されている訳ではありません」

「ダメよ……私達を裏切るつもり?」

「別にそう言う訳では……暴力は褒められた者ではないと言うのは、世間の共通認識でしょう」

「確かに暴力はいけないわ。 でも、私達がソレを外に向かって言うのは止めましょう。  私達は弱者なのですから、手を取り合って乗り切られないと。 ねっ? 分かるでしょう」

 静かな屋敷内にキッチンワゴンが薄暗い通路を移動すれば、金属音が奇妙にきしむ音が響き渡る。 牢に入れられる事は避けた│ベティー《黄》だったけれど、何時もの快適な部屋から遠ざけられ管理のしやすい物置へと放り込まれていた。

 夜、人の訪れる事のない場所を警備の者が立ち塞がる。

「ココを通す訳には行きません」

 警備の者に言われれば、フレイヤは自分の都合だけで語りだす。

「私はいいのよ。 それにグレーテルも居れば……あの子の暴走にも対処できますわ」

「そうではありません!! 彼女は人を殺しかけたんですよ!! 許されるはずがありません!!

「子供のワガママ程度の事に大げさよ。 カスパー様は傷一つその身についてはいませんわ」

「そうでは!!」

 溜息と共にグレーテルが口を挟んだ。

 元騎士として……、
 警備を任せられた力自慢の領民に対し……。

「少し黙ってくれますか? 頭に響きます。 例え、それが真実だったとしても貴方に彼女を裁く資格もなければ、私達をここから退かせる事もできません」

「ですが!!」

「罰ならば十分に受けていますわ。 いえ……むしろ罰の前払いすらしていると言ってもおかしくはありません。 貴方達には分からないでしょうね。 私達がなんの保証もない立場であると言う事を……」

 切々と嘆いている風情でフレイヤは語れば、警備の者は罰の悪そうな様子で言うのだ。

「問題になるような事はしないで下さいよ」

「誰に言っているのかしら? 私達はあの子を諭すために行くのよ」



 二人の女が警備の者に鍵をあけさせ中に入れば、薄暗い中でベッドの上に座ったベティーが窓の外を眺めていた。 部屋は狭いが快適に過ごせるよう手間をかけてある。

 ボソボソと聞こえる声は

「なんで私が……」

 そんな言葉だった。

「食事を持ってきましたわ」

「何よ、どうせ、私の事を馬鹿だって笑っていたんでしょ」

「馬鹿だとは思いますけど、笑ってはいませんわ。 だって……貴方の気持ちは良く分かりますもの。 カスパー様が必要ないと言えば、私達はそれだけの存在になってしまいますもの……」

「そう……そうなの!! だから、私は怖くて、ただ、怖かっただけなのよ!! だから私は悪くないわ。 私を怖がらせるアイツが悪いんだから」

「ですが、貴方はそのお腹の子を優先的に考えるべきですわ。 だって……一番の武器ですもの……ご飯を食べてシッカリと眠って、難しい事は私達に任せればいいの」

「だって!! 怖かったんだもの」

「そう、でも、貴方は子供を優先にするの。 そう言うのはグレーテルの役目なんだから」

「ぇっ?」

 グレーテルは途方に暮れた表情で、にこやかに向けられる期待の視線を見返した。

「でしょ? 貴方はケガをして騎士を断念したけれど、それでもただの小娘一人殺すぐらいなんて事ないでしょう? 戦場で多くの人を殺してきたのですから」

「いや……違う……違ういますから!! アレはあぁしなければ多くの命が失われるから!! 私をただの人殺しと一緒にしないでください!! 公爵家の妻を殺すのと、戦場で敵を殺すのを一緒にされては困ります」

「そう、一緒ではないわ。 だって相手は机の前にかじりつく事しかできない女の子ですもの。 戦場で命を奪い合う騎士や兵士達とは違って簡単なはずよ?」

「いや、そうじゃなくて!! 彼女に……どんな罪があると言うんですか!!」

 シーとフレイヤは、唇に人差し指をあてた。

「外に聞こえてしまうわ。 戦争に勝たなければ川は奪われ多くの命が奪われる。 だけれど、それは人事でしかないの……。 遠くの不幸のために貴方は命すらかけたのに。 どうして運命共同体とも言える私達の脅威を排除する事が出来ないのかしら? ねぇ、可笑しいとは思わない?」

 フレイヤがベティーへと視線を向ければ、コクコクと頷いた。

「だけど……」

「どうしても、ダメ?」

「当たり前じゃない!!」

「へぇ……そう、そうなの……貴方も私達の……この公爵家の小さな命の敵になると言うのね。 世話になっておきながら……」

「敵は排除しなければいけませんわ」

「そう、そうね……。 ベティー。 どうして奥方様の命を狙おうとしたのか? と、聞かれたらグレーテルにそうしろと言われたと答えるのよ」

「まっ、待ってくれ!! どうしてそうなる!!」

「だって、敵は排除するものでしょう?」

 艶やかに妖艶にフレイヤは笑い。
 そしてベティーは無邪気にコロコロと楽しそうに笑う。

「……自分か、他人か……私は、最初からそう聞いてますのよ。 さぁ、どちらを選びます?」

「少し、考えさせてほしい……」

「そうねぇ……そうさせてあげたいのだけど、裏切られても困るから……直ぐに殺さないにしても、決意だけは見せてくれません?」

「それは、どんな……」

「あの方の悪評をまず広げると言うのはどうかしら? ほら、貴方は貴族のご婦人と昔は仲よくしていたと言っていたでしょう? それを利用するって言うのがいいわ」

「できるはよね?」

「……ご婦人たちとは縁が切れているんです……。 今、会いに行っても良く思われる訳ありません」

「そんな事は知らないわ。 アレもダメ、コレもダメではなくて……自分が可愛いのなら、私達の関係が大切なら、生まれて来る子が愛おしいなら……やりなさい」

 フレイヤは途方に暮れるグレーテルの耳元に優しく擽るように囁いた。
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