上 下
9 / 17

09

しおりを挟む
 公爵家本宅に訪れ、何となく、本当に何となく交わされる公爵との挨拶。

 私も公爵様も思う所はあるけれどそんな微妙な表情。 僅かに視線を外し色々と見て見ぬふりをしているそんな感じ。

 老執事アーメントによると、カスパーが暫く私を預かって欲しいと願ったそうだ。

 理由は……語られていないとアーメントは言っていたけれど、分かりやすい視線の揺らぎを見れば彼が話しているのだろうと勝手に予測した。

 そして……公的には何も無かった体裁で、私と公爵様は夕食を共にする事となる。

「是非、正装で参加して欲しいと旦那様がおっしゃっておいででした」

 人の良い……善良で身勝手な両親のせいで、私は幼い頃から王国の福祉厚生を預かっていた両親たちが夢見る人道支援の企画提案に対して、私達は常日頃から精査しダメだし行っていた。 その忙しさと言えばまさに謀殺!! 結果として、私は社交界から遠ざかっていましたし、それに……私が恵まれた貴族に興味がないと言う父は、私のドレスを購入するつもりなど欠片も無かった……。

「……ぇ?」

 周囲には公爵家の侍女達で、貴族が礼儀見習いとして来ている者もいて……私は、居たたまれない気分を味わった。

「その……公爵様が身一つで来ればよいとおっしゃってくださったもので……尾恥ずかしながら……」

「若奥様の事情は存じ上げております。 お若くして日々国政に関わっておいでだったため、社交界には余り興味をお持ちでは無かったと……。 ですので、僭越ではありますが、ドレスはコチラで準備をさせて頂いております。 若奥様のお部屋に準備してありますから、ご自由に召して下さい」

「ぁ、ありがとう」

 何となく気恥ずかしさを感じた。

 殺伐とした気分が……まだ見ても居ないドレスに夢を馳せ、ほぐれてしまいそうになっている。 私って単純だわ……。

「良かったですね。 お嬢様」

 リリーが私の顔をチラリと見ながら微笑み言う。

「少し……嬉しいかな……」

「こういう良い事ないと、やっていられませんよね。 本当」

 姉のような、そんな目でリリーは私を見た。





「綺麗な服……」

 なんだか、それだけで満足しそうな私が……危険だわ。 あの親の子ですし、騙されやすいのかもしれません。

 それでも……そこに気遣いが見て取れた。

 食事の席で私は公爵様に聞く、愛人の事ではなくて

「私を公子様の妻としようとしたのは、我が家が破産しかけていたから都合が良かったと言う事でしょうか?」

 一瞬、公爵様の手が止まり、そして優しく笑って見せる。

「いえ、貴方だからです。 幼い頃から両親の補佐としての働きぶり、自立の見られる振る舞い、それに貴方は息子の初恋の女性と似ている」

「その初恋の方は?」

「幼い頃から息子の世話役を勤めていた女性です。 もう随分前に嫁いでいきましたよ。 その失恋をきっかけに息子は騎士団に入り家を出たくらいですから……」

 これは……私の向こうに初恋の人を見て、一目惚れだと言っているのでしょうか? 本当の夫婦になるなら、好きな要素はあった方が良いのでしょうけど……。 好かれてもなぁ……。

 そんな私の気持ちとは裏腹に、公爵様は亡くなった母の代わりに母であり姉であった女性との幼い日の思い出を語る。

「ところで……息子とはうまくいきそうですか?」

「昨日出会ったばかり、判断はつけかねますが。 仕事として公爵家には心から仕えさせていただくつもりです。

 そんな感じで食事会は終わった。





「お嬢様、午前中に何があったのかを公爵におっしゃらないのですか? 公子様の態度を改めて貰うには良い機会だと思うのですが……」

「私があの方を好いていて、どうしても私だけを見て欲しいと思うなら良い手段ですけど……望んでいないのよねぇ……」

「お嬢様はロマンチストですから、ねっ!!」

 ようやく一息ついた私は、お風呂に入りマッサージを受けていた。 うとうととし始めた頃、ケヴィンが戻ってきた。

「本宅にいらっしゃるとは、私の留守中に何があったんですか?」

 随分と焦った声は、私の緩み切った顔を見て苦笑いへと変わった。

「ご無事なようで良かった」

「無事ではあるんですよね……でも、無事ではなかったのですよ。 ですから!! これは、頑張った私のご褒美なんです!!」

 力強く私が言えば、何処か疲れた様子でドスッとケヴィンはソファに座った。

「それで、其方はどうでした?」

「調べてきましたよ3人とも」

 たった1人で? と、思うかもしれないが、それが可能なのが私の専属執事のケヴィンなのです。



 この国は建国から、水利権を争い隣国との間に争いが続いていた。

 争いごと……。
 強者の傲慢。
 置き去りにされる弱者。

 私の両親は、その偽善……いえ、慈愛、慈悲、善良である心で、人を救うため福祉厚生に関する国の業務を自ら買って出ていた。

 人選としては最悪。
 思い出しただけでもウンザリします。

 破産の噂から、両親はその福祉厚生課をクビにされた。 私がどれほど喜んだのか……私と共に両親の後始末に奔走していた者達には分かるでしょう。

 助けを求める人。
 助けが必要な人。

 これは別。

 大勢の人間が助けを求めている中、私達は才能ある人間を身内とし、性格に難のある人間を外部の諜報とするなど、人を多いに利用し情報網を作った。

 それでも両親が騙されたのか?
 と言う人もいるだろう。

 向こうが必死に事情を隠し、私達が存在を知らなければ、調べるべき事が分からず……落ちる訳なのです。 



 ケヴィンは、そんな人脈から三色愛人の情報を調べて来たと言うか、調べさせたのだ。



 緑の方は、彼女が語った通りの情報だった。
 付け加えるなら、彼女はカスパーと共に居る時間が最も長く、戦場では身の回りの世話を行っていた……が、身体の関係は無かったそうだ。


 赤の方は、高級店の娼婦で一番人気だった。
 ある日、難病にかかり店を追い出されたところを哀れみ、連れ帰ったのだと言う話だ。


 黄の方は、奴隷の中で一際可愛らしかった彼女が、自らをアピールしたと言う。
『私程の美少女が売られればどうなるか……お願いです。 私は貴方のものになりたいとかどうとか言ったらしい』


 別宅が建つまでは、公爵家が経営する集合住宅に住まいし、公子が通っていたと言う話だった。


「黄色の……アレは一癖も二癖もあって、なかなか面白かったですよ」

「私は、全然面白くなかったわ!!」

 何となく情報だけが、ふわふわと集まる状況にモヤリとした私は、ケヴィンに八つ当たり枕を投げつけるのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私が我慢する必要ありますか?【2024年12月25日電子書籍配信決定しました】

青太郎
恋愛
ある日前世の記憶が戻りました。 そして気付いてしまったのです。 私が我慢する必要ありますか? ※ 株式会社MARCOT様より電子書籍化決定! コミックシーモア様にて12/25より配信されます。 コミックシーモア様限定の短編もありますので興味のある方はぜひお手に取って頂けると嬉しいです。 リンク先 https://www.cmoa.jp/title/1101438094/vol/1/

【完結】離縁されたので実家には戻らずに自由にさせて貰います!

山葵
恋愛
「キリア、俺と離縁してくれ。ライラの御腹には俺の子が居る。産まれてくる子を庶子としたくない。お前に子供が授からなかったのも悪いのだ。慰謝料は払うから、離婚届にサインをして出て行ってくれ!」 夫のカイロは、自分の横にライラさんを座らせ、向かいに座る私に離婚届を差し出した。

【完結】婚約破棄はしたいけれど傍にいてほしいなんて言われましても、私は貴方の母親ではありません

すだもみぢ
恋愛
「彼女は私のことを好きなんだって。だから君とは婚約解消しようと思う」 他の女性に言い寄られて舞い上がり、10年続いた婚約を一方的に解消してきた王太子。 今まで婚約者だと思うからこそ、彼のフォローもアドバイスもしていたけれど、まだそれを当たり前のように求めてくる彼に驚けば。 「君とは結婚しないけれど、ずっと私の側にいて助けてくれるんだろう?」 貴方は私を母親だとでも思っているのでしょうか。正直気持ち悪いんですけれど。 王妃様も「あの子のためを思って我慢して」としか言わないし。 あんな男となんてもう結婚したくないから我慢するのも嫌だし、非難されるのもイヤ。なんとかうまいこと立ち回って幸せになるんだから!

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

跡継ぎが産めなければ私は用なし!? でしたらあなたの前から消えて差し上げます。どうぞ愛妾とお幸せに。

Kouei
恋愛
私リサーリア・ウォルトマンは、父の命令でグリフォンド伯爵令息であるモートンの妻になった。 政略結婚だったけれど、お互いに思い合い、幸せに暮らしていた。 しかし結婚して1年経っても子宝に恵まれなかった事で、義父母に愛妾を薦められた夫。 「承知致しました」 夫は二つ返事で承諾した。 私を裏切らないと言ったのに、こんな簡単に受け入れるなんて…! 貴方がそのつもりなら、私は喜んで消えて差し上げますわ。 私は切岸に立って、夕日を見ながら夫に別れを告げた―――… ※この作品は、他サイトにも投稿しています。

【完結】旦那様は、妻の私よりも平民の愛人を大事にしたいようです

よどら文鳥
恋愛
 貴族のことを全く理解していない旦那様は、愛人を紹介してきました。  どうやら愛人を第二夫人に招き入れたいそうです。  ですが、この国では一夫多妻制があるとはいえ、それは十分に養っていける環境下にある上、貴族同士でしか認められません。  旦那様は貴族とはいえ現状無職ですし、愛人は平民のようです。  現状を整理すると、旦那様と愛人は不倫行為をしているというわけです。  貴族の人間が不倫行為などすれば、この国での処罰は極刑の可能性もあります。  それすら理解せずに堂々と……。  仕方がありません。  旦那様の気持ちはすでに愛人の方に夢中ですし、その願い叶えられるように私も協力致しましょう。  ただし、平和的に叶えられるかは別です。  政略結婚なので、周りのことも考えると離婚は簡単にできません。ならばこれくらいの抵抗は……させていただきますよ?  ですが、周囲からの協力がありまして、離婚に持っていくこともできそうですね。  折角ですので離婚する前に、愛人と旦那様が私たちの作戦に追い詰められているところもじっくりとこの目で見ておこうかと思います。

形だけの妻ですので

hana
恋愛
結婚半年で夫のワルツは堂々と不倫をした。 相手は伯爵令嬢のアリアナ。 栗色の長い髪が印象的な、しかし狡猾そうな女性だった。 形だけの妻である私は黙認を強制されるが……

【完結】もう誰にも恋なんてしないと誓った

Mimi
恋愛
 声を出すこともなく、ふたりを見つめていた。  わたしにとって、恋人と親友だったふたりだ。    今日まで身近だったふたりは。  今日から一番遠いふたりになった。    *****  伯爵家の後継者シンシアは、友人アイリスから交際相手としてお薦めだと、幼馴染みの侯爵令息キャメロンを紹介された。  徐々に親しくなっていくシンシアとキャメロンに婚約の話がまとまり掛ける。  シンシアの誕生日の婚約披露パーティーが近付いた夏休み前のある日、シンシアは急ぐキャメロンを見掛けて彼の後を追い、そして見てしまった。  お互いにただの幼馴染みだと口にしていた恋人と親友の口づけを……  * 無自覚の上から目線  * 幼馴染みという特別感  * 失くしてからの後悔   幼馴染みカップルの当て馬にされてしまった伯爵令嬢、してしまった親友視点のお話です。 中盤は略奪した親友側の視点が続きますが、当て馬令嬢がヒロインです。 本編完結後に、力量不足故の幕間を書き加えており、最終話と重複しています。 ご了承下さいませ。 他サイトにも公開中です

処理中です...