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 屋敷の案内が、公爵令息カスパーから、老執事アーメントへと変わるとき夫である男からこう言われた。

「突然に妻だと言って最愛の者達は心を弱くしています。 彼女達を慰めなければいけないので貴方は使用人達と一緒に食事をしてください」

 と、言われ……流石に唖然とした。

 あぁ、常識の欠如した人だな。 と、そしてすぐに思い直した。 あの四人と食事を共にして食べた気になれない食事よりは断然良いですわ!!

 花嫁としては最悪の対応をされてしまったが、料理だけは特別な物を作ってくれていたものの料理長はその料理をどう提供するかアーメントに相談していた。

「やはりここは、主役である私が食べるべきではないでしょうか? で、私と一緒に食事をする人が食べるべきですよね?」

「ですが……」

「良く考えてみてください。 正式な妻を迎えたと言う事で心を弱くした方が、正式な妻のために特別な料理が振る舞われると言う行為に耐える事が出来ると思いますか? きっと、自分達の立場が落とされたと心配になる事でしょう。 ですから、私、それと一緒に食事をする皆さんで食べるのが正解です!!」

 と、押し切った。



 まずは味方作りが大事ですものね。



 案内を受け、話を聞き……そうしているうちに分かった事がある。

 結婚式、披露宴は未だだけれど、神殿には婚姻契約と資金提供契約を兼ねた申請書類が提出されており、貴族籍表的には私はカスパーの正式な妻と言う事になっている。

 お互い顔合わせもせず、神殿に訪れる事も無く、成人男女の婚姻に関わらず親同士が神殿に出向き手続きが行われた。 別にそれがとても珍しいと言う事かと言えばそう言う訳ではない。

 年の離れた貴族に娘を嫁がせる場合等にも使われる。

 そう言うのを考えれば、公爵には秘密だと言う態度はとっていましたけど……知っていますよね? 公爵様……。 金で買われた私にリスクがあるのは当然ですが、これは公爵様にも何かあると考えるべきかもしれませんね。

 そんな事を考えながらも、

「あら、これとても美味しいわ。 皆さんも一緒に摘まみましょう」

 等と明るく言ってはいるのですが……。

「お嬢様……」

 我が家から共に来た使用人がウルウルと涙ぐみ呟けば、既に屋敷に勤めていた使用人達にまで同情的な視線を向けられてしまう始末だった。

「緊張しない食事と言う意味では、皆様と一緒に食事が出来た事幸運に思いますわ。 今日は私の嫁入りと言う事で、お食事の後、お茶をしませんこと? 今日町に出た時美味しいお菓子を買ってもらいましたの」

 書類申請を行った帰り道に、公爵様には色々とそりゃぁ色々と買ってもらったのですよ。 こまごまとした気遣いに感激したものですが……色々と裏があるのだから当然ですね……。 やっぱり知っているな公爵様。

 ドンドン確信めいてくる。

「まぁ、素敵だわ!!」

 侍女達がお茶会の提案に喜んだ。

 お人よしの貧乏貴族と言っても貴族は貴族。 使用人の方々はこの屋敷の主であるカスパーに嫁いできた私と食事を共にする事を明らかに嫌がってはいましたけれど、それでも、こう……何となく嫌な雰囲気があって、それがお茶会の提案で一気に感情の逆転が行われ、良い雰囲気の中で食事とお茶会、情報収集が行われました。

 愛人・緑 グレーテル
 この方は、特別我侭や贅沢を言われる事は無いけれど、とても規律に厳しい方で、掃除や洗濯のチェック等に余念がない。

 愛人・赤 フレイヤ
 旦那様が最も多く夜を共にする女性で、独占欲が強く、高価な装飾品を欲しがる。 芸達者で客人のあしらいが上手いが、男性に対してだらしなく旦那様が嫉妬でヒステリーを起こす事もあるため、男性は必死に逃げるべき。

 愛人・黄 ベティー
 甘えん坊で嫉妬深い。 裏表が一番激しいタイプで粘着質。 高価な装飾品は要求しないが、とにかく特別出ないと怒り出す。 ホルモンバランスが悪いためか旦那様に対してきつく当たる事も多く旦那様も避けて通っており、そのストレスが使用人に向けられるため大変。

 等と言う情報を得た。

 まぁ……見たままと言う感じでしょうかねぇ?

「そろそろ部屋に戻りますわ。 残りは貴方達でどうぞ」

 特別製の菓子を涙をこらえながら笑顔で譲り、私は今後の自分の保身を優先した……。

「奥様、その……身の回りのお世話ですが……。 お連れになった者達がお世話を行うのでしょうけれど、その、手が空いているようでしたら……こちらにお一人回してはいただけないでしょうか?」

「……お世話、ですか?」

 何しろ、お世話大好きな両親の元に生まれた私は、物心ついた頃から何時だってお世話をする側で、お世話をしてもらったためしがない……。 不思議そうにしていると。

「お風呂のお世話や、入浴あとの髪の手入れ、お肌の手入れ、マッサージ、夜食や飲み物等の提供です」

「そう……ですか……なんだか大変ですが、頑張ってください。 えっと……」

 私は共について来てくれた使用人を見れば、それぞれが挙手をした。

「よろしいの?」

「はい、お嬢様の身の回りのお世話をするために、色々と勉強させて頂いてきます!!」

 と……なんとも前向きな気持ちで取り組んでくれた。



 いい子だ……。
 あの子達のためにも、何とかやり過ごさないと……。



 カスパーと愛人達の食事の世話から戻ってきた者達のために、私はもう一箱新たな菓子を提供し情報収集を行った。 四人の好き嫌い、テーブルマナーの状況等。 他にも聞きたい事はあったけれど、食事の邪魔をしては嫌われてしまいますからね。

 そして、私は部屋へと戻った。

 部屋とは言っても、カスパーの妻として部屋が与えられている訳ではない。 何しろ婚姻自体が急の事でしたから、公爵様も次期公爵の妻として必要な物は後日揃えていくから勘弁して欲しいと、高位貴族らしくない様子で頭を下げられたのだ。

 そして私は、客間の一つへと入って行き、ケヴィンも共についてきた。 私専用の執事と言う事で、色々と頼み事をする事もあるからとケヴィンの部屋を隣室にしてもらえるよう老執事アーメントに頼み込んだのだ。

 男性執事を連れて来ると言う事で、悪く言われるのではないかと危ぶんだけれど……愛人三人を屋敷に連れ込んでいる家人を前にすれば、そう言う面に関しては緩く物事を捕らえるのかもしれない。

 そう思えば……先行き不安でしかない愛人持ちの旦那様にも、多少なりとも好意的になれるのかも……と、思うのだった。



 深夜に扉が開かれ……この屋敷の主であるカスパーが私の寝台にやってくるまでは……。
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