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 日頃、使用人達は私に協力的……
 両親の善良性は、身近な者の不幸によってなりたつから。

 だから、我が家……伯爵家が潰れないように心掛けた。

 住むところ、食べる物、着る物、給料、ストレスの少ない職場を維持したい彼等と手を組む事が出来た。 だが!! それも終わり……使用人達は己の保身のために、両親の言う良い話に全力で乗っかった。

 ただ一人を除いては……。

「お嬢様。 公爵家に何か脅せるネタがないか調べてみます。 ですから、お嬢様はなるべく決定を先延ばしにして下さい。 絶対にお助けしますから!!」

 そうケヴィンだけは今もまだ私の味方だった。

 だけど……ケヴィン? 貴方少し感情的になり過ぎてはいないかしら? 彼は、ちょっとヤバイ……。 脅せるネタが無ければネタを作りそうな人だから……。

「待ちなさい。 例え脅すようなネタがあったとしても、それでお金を返せるだけの宛ては生まれないわ」

「借金を作って逃げた相手の捜索も行います!!」

 そう言うが……相手は質の悪い金貸しと、王族と血縁のある貴族だケヴィンが一人頑張ってどうこうなるとは思えない。 最悪、金貸しの取り立てにケヴィンは殺され、私は売られるとか……。 考えると背筋が寒くなった。

 だから、妥協した。
 落としどころにした。



 私の理解者で、共に生きていた彼だけは不幸にしたくはない。 私の幸せ以上の願いだった。



「まずは会って見ましょう」

「……エーファお嬢様……」

「お茶と、婚姻の申し込みの手紙を持って来ていただけるかしら? 私も一度目を通しておきたいので」

「……」

 納得いかないと言う表情を露わにするケヴィンの様子は、日頃の冷静で出来る執事姿とは違い、そして大人ぶっていた頃の子供時代とも違い、初めて見る子供のような表情をしていた。

「大丈夫……世の中何とかなるものよ……」

 私は頼りがいのある年上の青年の背をポンッと叩いて笑って見せた。



 手紙に書かれていた内容は、善良で慈悲に溢れた両親の子であり、経済を学び、薬学を学び、地政学……その他多くの学問を治めたお嬢さんなら、是非我が家の一員として迎えたいと言うものだった。

 因みに勉強の大半は父の善良な迷惑の後始末のために学んでいた訳で、私が興味を抱いているからではない。

 公爵家からの手紙を読む限り、彼等が求めるのは妻としての私ではなく、秘書的な何かだと感じ取る事ができる。 私の中では私は公爵家に就職するのだと自分に言い聞かせて受け入れる事とに決め面会を求めた。

 実際に、現公爵と出会ってみれば、領地経営における話が多く、知識をひけらかさない程度に公爵と会話しつつも、自分は利用価値のある人間だと必死に伝えた。

「貴方のような娘さんを我が家に迎えられる事は光栄です」

「あの、図々しいお願いではありますが、公爵家でより良く尽くすために、私の専属執事と侍女を共に連れて行ってもよろしいでしょうか?」

「何人程かね?」

「2名と言いたいところですが……公爵家となれば、新たに学ぶべき事も多いと思います。 ですので、お互い励まし合えるように執事1名、侍女3名を連れて行く事をご了承いただければ助かります」

「問題ありません。 エーファさんには次期当主である息子のために立てた屋敷で過ごしてもらう事になりますが、其方の方はまだまだ屋敷の統制が取れておりません。 女主人としての活躍を期待させてもらいますよ」

「期待に応えられるよう努力させて頂きたいと思います」

 その後も、ケヴィンや私付きの侍女達の雇用条件の話を行い、婚姻自体が急の事で、結婚式等も、両家族の顔合わせも後日全てが落ち着いてからと言う事で話がまとまりながらも、借金の返済に必要とされる小切手だけはその日の内に渡された。





 そして……私は、突然に奉公が決まった村娘のように、公爵令息カスパー様が治める屋敷へと向かった。

 実際に、カスパー様とまだ予定人数に達していない使用人が住んでいるだけと聞いていた割に、此方を伺っている窓が多いような気がした。

「これでは、掃除だけでも大変そうですね」
「社交的な方な場合は、お客様も招かれるでしょうし」

 跡継ぎ息子とは聞いていたが……公爵夫婦にとって余程特別な息子さんなのか、屋敷はとても広く私達を驚かせた。

「覗き見等とは行儀の悪い……」

 ケヴィンが私の変わりに不快を露わにしてくれ……私は救われた気分になるから、私は冷静に良い人ぶる事が出来る。

「まぁ、私達でもきっとコッソリ覗いてしまうわ。 余り気にしないようにしましょう」

 扉をノックする間も無く、大きな玄関扉は開かれた。

 明るい感じのお坊ちゃん的な青年だった。

「やぁ、良く来てくれたね。 待っていたんだよ!! これからよろしく頼むね」

 エスコートのために手が差し出される。 そして、老執事と思われる人物がケヴィン達に声をかけていて、私とケヴィンと侍女達はそれぞれの場所へと連れていかれる事となった。

 エスコートを受けながらカスパーは語る。

「屋敷の案内の前に、お願いごとがあるんだ」

 ほぼ雇用条件とも言っても良いだろう話し合いを、カスパー様の父上である現公爵としただけで、公爵に求められるまま屋敷に訪れた私だ。 本人も言いたい事があるだろうと微笑みを向けた。

「はい、なんなりとお申し付け下さい」

「君は父上が言っていた通り、僕に相応しい人のようだね。 まずは屋敷の管理を頼むよ。 今は、爺が面倒を見てくれているけれど、爺は父の執事だからね、何時までも此方の世話ばかりをしていられない」

「はい、問題はありません」

「公爵家の跡取り代行を求める事がある。 主に領地管理が君の仕事となる。 お茶会等や社交界等、君がどうしても、本当にどうしても出たいと言うなら、出てもいいけれど、基本的には出る必要はない。 いや、出て欲しくはないと言うのが本音だ。 そして……僕との婚姻を外部にひけらかすような事は止めて欲しい」

「問題ありません」

「本当に君は僕にぴったりな素敵な方だよ!! 君に紹介したい人達がいる」

「紹介ですか?」

「あぁ、この屋敷にとってとても重要な女性達だ」

 なんて言うから公爵家ならではのスーパー侍女を見せつけられるのか? 等と考えた。

 扉を開いた先。

 ソファに座っている女性達。

 それは、私が想像していたような侍女等では無かった。 彼女達3人はいずれも美しいドレスを身にまとっている。

 1人は、柔らかな布地で作られたパンツドレスを身に着けた、背筋がシュッとした凛々しい感じの女性。
 1人は、真っ赤なドレスを身に着けた妖艶系美女。
 1人は、ゆったりとしたふわふわのレースに身を包んだマタニティワンピースを身に着けていた。

「えっと……こちらは?」

 彼もまた、私の両親と同じタイプの善良な人間なのだろうか? そんな風にも考えた。 いえ、考えるようにしていた。 で、無ければ……金銭で買われたも同然の婚姻ではあったのだけど、余りにも惨め過ぎたから。

 だけど……夫となるだろう男カスパーは、ニコリと邪気の欠片も無い笑顔で私に言い放ったのだった。

「この三人は僕の最愛の人達ですよ。 僕に仕えるように彼女達にも仕えて下さいね」
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