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両親は幸福に敏感な人だった。
他人の幸福も自分の幸福として感じられる善良な人達。
優しい人達だと有名で、有名過ぎて、困った事があるなら、まず相談に行くと良いと貴族社会で噂にされるほどの善人だった。
私は……そんな善人である両親が……嫌いだった。
困っている人を放っている事が出来ない。
そんな両親を自慢に思うべきだと言う人は多い。
だけど、実際は迷惑千万?
国王陛下から召還があった時であっても、荷物を落とした人がいれば馬車を止め、荷物を拾うのを手伝いするだけでなく、食べられなくなった食料を補うといいと言いながら、お金を手に握らせる。
遅刻に怒った国王陛下相手に自らの正しさを演説するから、国王陛下すらも叱るのを諦めたほどだ。 増税の意味や、強制労働の意味を理解せず、泣きながら可哀そうだと訴えるから……十二歳になる頃には議会には両親ではなく私の参加が望まれるようになった。
そんな両親だから、我が家の馬車を見れば困って振りをする人が現れる。
救いと言えるのは、我が家の馬車と確認して転んだ人を、両親が上手く視認するとは限らないし、馬車が上手く止められるとは限らない。 両親の悪癖を考えて御者がスピードを調整してくれなければとっくの昔に破産していたに違いありません。
そんな両親なのだから、使用人達にも十分に尽くしている。
それはいい。
お互い様は私も望む所。
問題は!! 全く利害関係のない相手への施しだ。
道端を小汚い恰好でふらふらと歩いている浮浪者にまで慈悲を向け、使用人達に支払う給料がないなんて事が万が一にも起これば生活が立ちいかなくなるだろう。 だから使用人達も必死で両親の偽善を阻止してくれている。
一つの障害に立ち向かう、私達は仲間と言っても良いかもしれません。
今日も両親の偽善を目の当たりにした私は、私の、私だけの青年執事に愚痴を言う。 紅茶にミルクを入れ、広がる様子を眺めながら。
「こう、中心から順に広がるでしょう? 中心が両親、外に行くほど他人、両親に近い人間ほど不幸になると思いません? 人の優しく、親切にと言いながらあの人達は人を不幸にする……」
何十回、何百回と繰り返された愚痴を私の執事は大人しく同意する。
私が愚痴を言うのは、私が幼い頃に何処からともなく両親が拾って来た男の子。
『この子は、キチンとした生活を与えれば、きっと優秀な人間に育つに違いない』
何の根拠もない。
『盗みをしていた男の子なんでしょう?』
ただ、盗みをして成功させていたなら、父の不幸センサーに引っかかる事は無かっただろう。 彼のポイントは骨と皮、目の下はクマ、髪は皮脂でゴワゴワ、皮膚は痣で色を変えていたし、骨も折れていた。 これほどの不幸の主を両親が放っておけるわけは無かったけど、彼に関しては……数少ない両親の偽善に対する成功例と言える。
それでも当時は反対した。
『なんて、冷たい子なんだ……。 彼はとても優しい子供なんだ。 スラムで自分よりも幼い子供を助けるために盗みをしているのだから!!』
『離せ……貴族の施し等受けない……』
『安心しなさい。 君が面倒を見ていた子も、私が面倒を見よう!! 服と食べ物と住まいと教育を施そう!!』
『馬鹿かアンタは!! アイツ等にとって教育は拷問に等しい。 いや、拷問の方がマシだと言うだろう。 余計な事をするな……。 手を貸すな。 そんな事をすれば生きるための力を磨く事が出来ない!!』
私は彼のその言葉で、彼に好意を抱いた。
助ける価値があると思った。
『ねぇ、お願いがあるの。 ただ世話をしてもらうだけだと気が引けるのでしょう? なら、貴方、私の兄妹として日々を過ごし、私の一番の理解者になりなさい!!』
ケガが治るまで毎日のように訴えた結果……彼は私の願いをかなえてくれ……私の理解者であり、私の最も大切な家族となってくれた。
「エーファお嬢様は、不幸なのですか?」
ニッコリと優雅に微笑んだ青年は、ケヴィンと名をつけた。 過去は捨てたいと言ったから。 私は新しい名前を彼につけた。
「そうねぇ……ケヴィンと一緒にいる時は幸福よ? でも……父がつれてくる婚約者候補がね……」
私は溜息をつき、朝食を行儀悪くフォークで突いた。
「そうですね。 アレには困りますね。 不幸な貴族青年を連れてきて、貴方の夫にしようとするのですから」
可哀そうな酒依存者。
可哀そうな薬物依存者。
可哀そうな賭博中毒者。
可哀そうなセックス中毒者。
「お父様は、それほど私を憎いのかしら? それとも、ケヴィンのように全員が真っ当になるとでも思っているのかしら?」
「お褒め頂きありがとうございます。 私はお嬢様の理解者、全てを私にお任せ下さいませ」
「何をするつもり?」
「彼等の犠牲者、もっと可哀そうな人……彼等の犠牲者をつきだし、彼等に必要なのは更生処理だと納得頂こうと思います」
「本当、ケヴィン、アンタって最高だわ!!」
そんな風に、私達は善良で優しい両親が与える不幸からなんとか逃げていた。
逃げられていたはずだった。
家族で……家族と呼べる使用人達と協力しあって、不幸を回避していたはずだった。
「はっ? 連帯保証人になってあげた友人が逃げたですって?! その友人は、何処のどなた? 家族は? 契約書は? 何のためにお金を必要となされたの?」
私の責める声に父は不快な顔をあからさまにした。
「何かの養殖業をしたいから、場所を買いたいと……」
「土地代金として支払ったと言うなら、その土地には抵当権がついているはずよ。 その土地をまずは売らせましょう」
「いや……土地はないんだよ。 魚の養殖だったから……」
「なら、何の場所代よ!!」
「漁船がその場所を回避しなければいけない。 そこで漁業を行えない。 優先権みたいなもんだとか言っていたかなぁ……」
「なら、その優先権と言う奴を売りましょう。 保証人になったのですから契約書をお持ちでしょう?」
「そんな疑うような事を出来る訳等ないだろう」
その割に金貸しとの契約だけはしっかりしているのだから苛立つと言うものだ。
「どうやって返済するつもりなの? 予備費を出してしまえば、冬季に備える事も出来ずに領民が飢えるか凍えるかしてしまいますわ。 例え保証人になっていても、お父様が半年前雨季の用心をしていなかった隣の領地の住人を救わなければ!! うちの領民が命を脅かされる事なんてならなかったでしょうね!! それで、どうするつもりですの?」
「それなんだが……とても良い提案がなされているんだ。 公爵家からの支援を受けられる事となった。 それも返済をする必要はない」
「へぇ……、代わりに、何が要求されていますの? 領地の半分? あぁ、もしかして海の権利を買って下さるのかしら?」
「いいや、もっと平和でめでたく、皆が幸福になれる事さ!! エーファ、君の結婚が決まったんだよ!! 君が嫁ぐなら、お金をくれるそうだ!! 領民のために尽くすのは領主として当然の事。 多くの命が救えるなんて最高の幸福だろう。 それに公爵家に嫁げばお前も幸福になるに違いない。 これは全員が幸福になれる機会なんだ、当然嫁いでくれるよな?」
はしゃぐ両親と兄。
唖然とする私と使用人達。
だけど、ただ一人……兄を求め、理解者を求めたケヴィンだけは静かに怒っていた。 相手が通りすがりの庶民なら、家の使用人が何とでも出来ただろう。 だけど、権力、地位、財産を持ち合わせている公爵家相手に、借金持ちの我が家が立ち向かえるはずがない……。
私は、父の迷惑な善良性に……眩暈を覚え気を失った。
『エーファ。 悪かったね。 私は結局、お前の父親を正す事は出来なかった。 だから君は万が一に備えなさい。 小さな領地ではあるし、決して豊かとはいえないが、信頼できる男の元にお前のための土地と家と僅かな財産を残してある。 私が亡くなってツライ思いをする事があるなら……そこに逃げなさい』
幼い頃から祖父は悲痛な表情で私に訴えて来た。
『申し訳ない事をした。 幼いエーファに苦労を残してしまう。 どうか強く生きてくれ……』
祖父にそう願われて、私は生きる術を使用人達から学んだ。
祖父が亡くなり三年。
良くもった方だと思った。
「本当勘弁して!!」
私は、自分の叫びと共に目を覚ますのだった。
他人の幸福も自分の幸福として感じられる善良な人達。
優しい人達だと有名で、有名過ぎて、困った事があるなら、まず相談に行くと良いと貴族社会で噂にされるほどの善人だった。
私は……そんな善人である両親が……嫌いだった。
困っている人を放っている事が出来ない。
そんな両親を自慢に思うべきだと言う人は多い。
だけど、実際は迷惑千万?
国王陛下から召還があった時であっても、荷物を落とした人がいれば馬車を止め、荷物を拾うのを手伝いするだけでなく、食べられなくなった食料を補うといいと言いながら、お金を手に握らせる。
遅刻に怒った国王陛下相手に自らの正しさを演説するから、国王陛下すらも叱るのを諦めたほどだ。 増税の意味や、強制労働の意味を理解せず、泣きながら可哀そうだと訴えるから……十二歳になる頃には議会には両親ではなく私の参加が望まれるようになった。
そんな両親だから、我が家の馬車を見れば困って振りをする人が現れる。
救いと言えるのは、我が家の馬車と確認して転んだ人を、両親が上手く視認するとは限らないし、馬車が上手く止められるとは限らない。 両親の悪癖を考えて御者がスピードを調整してくれなければとっくの昔に破産していたに違いありません。
そんな両親なのだから、使用人達にも十分に尽くしている。
それはいい。
お互い様は私も望む所。
問題は!! 全く利害関係のない相手への施しだ。
道端を小汚い恰好でふらふらと歩いている浮浪者にまで慈悲を向け、使用人達に支払う給料がないなんて事が万が一にも起これば生活が立ちいかなくなるだろう。 だから使用人達も必死で両親の偽善を阻止してくれている。
一つの障害に立ち向かう、私達は仲間と言っても良いかもしれません。
今日も両親の偽善を目の当たりにした私は、私の、私だけの青年執事に愚痴を言う。 紅茶にミルクを入れ、広がる様子を眺めながら。
「こう、中心から順に広がるでしょう? 中心が両親、外に行くほど他人、両親に近い人間ほど不幸になると思いません? 人の優しく、親切にと言いながらあの人達は人を不幸にする……」
何十回、何百回と繰り返された愚痴を私の執事は大人しく同意する。
私が愚痴を言うのは、私が幼い頃に何処からともなく両親が拾って来た男の子。
『この子は、キチンとした生活を与えれば、きっと優秀な人間に育つに違いない』
何の根拠もない。
『盗みをしていた男の子なんでしょう?』
ただ、盗みをして成功させていたなら、父の不幸センサーに引っかかる事は無かっただろう。 彼のポイントは骨と皮、目の下はクマ、髪は皮脂でゴワゴワ、皮膚は痣で色を変えていたし、骨も折れていた。 これほどの不幸の主を両親が放っておけるわけは無かったけど、彼に関しては……数少ない両親の偽善に対する成功例と言える。
それでも当時は反対した。
『なんて、冷たい子なんだ……。 彼はとても優しい子供なんだ。 スラムで自分よりも幼い子供を助けるために盗みをしているのだから!!』
『離せ……貴族の施し等受けない……』
『安心しなさい。 君が面倒を見ていた子も、私が面倒を見よう!! 服と食べ物と住まいと教育を施そう!!』
『馬鹿かアンタは!! アイツ等にとって教育は拷問に等しい。 いや、拷問の方がマシだと言うだろう。 余計な事をするな……。 手を貸すな。 そんな事をすれば生きるための力を磨く事が出来ない!!』
私は彼のその言葉で、彼に好意を抱いた。
助ける価値があると思った。
『ねぇ、お願いがあるの。 ただ世話をしてもらうだけだと気が引けるのでしょう? なら、貴方、私の兄妹として日々を過ごし、私の一番の理解者になりなさい!!』
ケガが治るまで毎日のように訴えた結果……彼は私の願いをかなえてくれ……私の理解者であり、私の最も大切な家族となってくれた。
「エーファお嬢様は、不幸なのですか?」
ニッコリと優雅に微笑んだ青年は、ケヴィンと名をつけた。 過去は捨てたいと言ったから。 私は新しい名前を彼につけた。
「そうねぇ……ケヴィンと一緒にいる時は幸福よ? でも……父がつれてくる婚約者候補がね……」
私は溜息をつき、朝食を行儀悪くフォークで突いた。
「そうですね。 アレには困りますね。 不幸な貴族青年を連れてきて、貴方の夫にしようとするのですから」
可哀そうな酒依存者。
可哀そうな薬物依存者。
可哀そうな賭博中毒者。
可哀そうなセックス中毒者。
「お父様は、それほど私を憎いのかしら? それとも、ケヴィンのように全員が真っ当になるとでも思っているのかしら?」
「お褒め頂きありがとうございます。 私はお嬢様の理解者、全てを私にお任せ下さいませ」
「何をするつもり?」
「彼等の犠牲者、もっと可哀そうな人……彼等の犠牲者をつきだし、彼等に必要なのは更生処理だと納得頂こうと思います」
「本当、ケヴィン、アンタって最高だわ!!」
そんな風に、私達は善良で優しい両親が与える不幸からなんとか逃げていた。
逃げられていたはずだった。
家族で……家族と呼べる使用人達と協力しあって、不幸を回避していたはずだった。
「はっ? 連帯保証人になってあげた友人が逃げたですって?! その友人は、何処のどなた? 家族は? 契約書は? 何のためにお金を必要となされたの?」
私の責める声に父は不快な顔をあからさまにした。
「何かの養殖業をしたいから、場所を買いたいと……」
「土地代金として支払ったと言うなら、その土地には抵当権がついているはずよ。 その土地をまずは売らせましょう」
「いや……土地はないんだよ。 魚の養殖だったから……」
「なら、何の場所代よ!!」
「漁船がその場所を回避しなければいけない。 そこで漁業を行えない。 優先権みたいなもんだとか言っていたかなぁ……」
「なら、その優先権と言う奴を売りましょう。 保証人になったのですから契約書をお持ちでしょう?」
「そんな疑うような事を出来る訳等ないだろう」
その割に金貸しとの契約だけはしっかりしているのだから苛立つと言うものだ。
「どうやって返済するつもりなの? 予備費を出してしまえば、冬季に備える事も出来ずに領民が飢えるか凍えるかしてしまいますわ。 例え保証人になっていても、お父様が半年前雨季の用心をしていなかった隣の領地の住人を救わなければ!! うちの領民が命を脅かされる事なんてならなかったでしょうね!! それで、どうするつもりですの?」
「それなんだが……とても良い提案がなされているんだ。 公爵家からの支援を受けられる事となった。 それも返済をする必要はない」
「へぇ……、代わりに、何が要求されていますの? 領地の半分? あぁ、もしかして海の権利を買って下さるのかしら?」
「いいや、もっと平和でめでたく、皆が幸福になれる事さ!! エーファ、君の結婚が決まったんだよ!! 君が嫁ぐなら、お金をくれるそうだ!! 領民のために尽くすのは領主として当然の事。 多くの命が救えるなんて最高の幸福だろう。 それに公爵家に嫁げばお前も幸福になるに違いない。 これは全員が幸福になれる機会なんだ、当然嫁いでくれるよな?」
はしゃぐ両親と兄。
唖然とする私と使用人達。
だけど、ただ一人……兄を求め、理解者を求めたケヴィンだけは静かに怒っていた。 相手が通りすがりの庶民なら、家の使用人が何とでも出来ただろう。 だけど、権力、地位、財産を持ち合わせている公爵家相手に、借金持ちの我が家が立ち向かえるはずがない……。
私は、父の迷惑な善良性に……眩暈を覚え気を失った。
『エーファ。 悪かったね。 私は結局、お前の父親を正す事は出来なかった。 だから君は万が一に備えなさい。 小さな領地ではあるし、決して豊かとはいえないが、信頼できる男の元にお前のための土地と家と僅かな財産を残してある。 私が亡くなってツライ思いをする事があるなら……そこに逃げなさい』
幼い頃から祖父は悲痛な表情で私に訴えて来た。
『申し訳ない事をした。 幼いエーファに苦労を残してしまう。 どうか強く生きてくれ……』
祖父にそう願われて、私は生きる術を使用人達から学んだ。
祖父が亡くなり三年。
良くもった方だと思った。
「本当勘弁して!!」
私は、自分の叫びと共に目を覚ますのだった。
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