今日は僕の命日

あやめ_綾眼

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3ページ 《誓い》

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 そして俺と少女の間には、十秒に満たないほどの、が経過していた。

 そして沈黙を破ったのは少女だった。
 未だに沈黙したまま硬直している俺を見兼ねてか、少女は顔を曇らせた。そして次に少女が口を開いた時に言ったのは。
「断ったら殺す」
 だった。
 俺がその言葉に対するには、スパイダーマンのようなユーモアが求められてないる気がした。
「俺が聡明な人格を持ち合わせていなかったら、数秒前にお前は死んでいた」
 とっさに俺は言い放った。俺はこの少女に続いてユーモアにも敗北した。
 しかしこのやり取りの中で、俺は少しだけ人間だった頃の生活を思い出せた気がした。

「私はそんな見間違えをしない!」今度はギラついた目で「私の審美眼は外さない」そう豪語し「お前が聡明である事などハナから知っていた」と言い放つ。
 少女の言った「私」という言葉には、宣誓でもしているかのような猛々しさと凛々しさを感じられた。
 暗闇を生きている俺からしてしまえば、眩しいセリフだった。

「ハナからって…」
 そう呟きながら苦笑し、言葉尻を捉えて純粋に茶化目的を持って言い返す。
「俺を殺した後だろーが」
 このセリフに少女がどう言い返したかと言うと…「だってしょうがないじゃん!」ここで俺は、少女がこれから駄々をこねて甘々しくてクドイ言い分を述べるものだと考えていた。が…。
「敵わない敵は不意打ちで仕留めるのが常識だからね!!」
 さも当然のように、説法を説くように言い放った。
「なるほど合理的だな。ここで問題が発生した場合はどうする?つまり、仕留められなかった状況でするべきコトとは?」
 ここで俺は、子供をなだめるように、油断しきっていた。
「で?お前は殺されたいということだな?」
 口論では劣勢だと踏んだのか、少女は強引に話しを戻す。
「あぁそうかい、そういうコトになるのか。こりゃあ、行く末が楽しみだよ。分かった、見守ってやる」
 俺は声高に告げた。
 元より、俺は人間との交友を深める為に南へ来たのだ。寄り道だと思えば別段、不都合なことはない。

 その直後のことだ。
『パシーーーン!!!』俺の右頬を平手で、頭蓋骨を母指球で貫くようにビンタを喰らわせてきたのだ。油断していた!!
 俺はすぐに右手で頬を撫でるようにして患部を確認する。皮膚が数ミリ深く裂けている。
 だがよかった、血は出ていない。否、血は出ないのだった。

「相棒になれ!」
 少女はまたもギラついた目で、冷淡な口調を持って宣言するように言い放つ。

 これはどうなのだろう。相手は少女だが同時に実力者だ。だが脅しというのが倫理的にどうなのかと、大人として引っかかるのだ。
 ここでもう一つの違和感が脳裏を横切った。それは俺は吸血鬼であり人を襲う存在だという点で、その吸血鬼が少女に倫理観を教えようと考えていた事だ。
『この吸血鬼はなにをしているのだろう?』
 と。さっさと少女を襲って返り討ちに会うのがB級映画の噛ませ役だろう。だがしかし、俺の物語の主人公は俺なのだ。
 などと感想を持った。そうなことを流暢に考えていた。

「度胸は評価してやるよ。だがな?……」
『ヴッッ………?』
 インパクトの後、思わずみぞおち触る。文字通り"殺られ"ていた。
 その拳は吸血鬼の皮膚、どころか人間の肉体のそれを遥かに越えた筋肉を貫通し、複数の臓器に多大な損害を与えていることが目に見えて分けるほど、凹んでいた。
 またも、これが夜でなければ死んでいた。そう感じた。だがその後。
『俺が吸血鬼でよかった』
 そう感じたのはこの数百年で初めてかもしれないとさえ思うほど、痛みが後から後から追いかけてくる。
『ヴヴヴぅっ…ア゙ア゙ヴぇーー!!』
 激しい嗚咽と共に胃液を全て吐き出しても、それでも余りあるほどの激痛が腹部を襲っていた。
 しかしながら吸血鬼である俺の口からは、胃液や胃酸や内蔵が潰れて逆流を起こして吐き出すことになった大量の血液さえも、排出された瞬間から漆黒の霧となって虚無に還ってゆくのだった。
 やがて僅かな時間が経ち、それは先ほどの沈黙が支配していた時間ほどで、内蔵は粗方自然治癒を完了させた。

「はい……。いや、お前が足でまといに成らないことは分かった。申し出を受けよう!」
 四捨五入をして約300年を生きた吸血鬼が実は、危うく血の涙を流すところだったのだ。
「ヨシっ、ではこれより私たちは一心同体だ。死なば諸共、家族も同然だ!」
 少女はあっけらかんと言ってのけた。
 コイツはその年で飴と鞭を心得てイヤがるのか。俺はそうため息を突きつつ。
「家族は一人が死んだら一家心中がマナーなのか?」
 俺はツッコミをするまでもなく、言葉のアラをついた。
「言葉の綾だ、気にするな。家族だがなっ!」
 そう言って、腕を張り上げる少女。そしてなぜだか真上の木の葉が揺れる。

 こうして、1人と独りが行動を共にする誓いを立てることになった。
「死が二人を分かつまで」
 だとさ。
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