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第1章 チュートリアル

1限目 『魔力生物学 対処課程』

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 「迷宮から魔物が放たれ,“転生者”が現れるようになり数千年……」
 
 今日も白墨はくぼくを深緑の板に打ち付ける音が,古臭い教室に木霊こだまする。
 
 「世界で二番目に報告件数の多い死因は……」
 
 黒髪に眼鏡の男がそう語る。この世界で一番数が多い人種である“器用人種デフトマン”である彼の名は “クゲツ”。 『魔力生物学 対処課程』の指導員である。

 指導員クゲツは文字を書く手を止め,振り向き,教室内を見渡す。彼の白衣の丈が合わせて揺れる。
 点々と座る人影の中から,元気よく手を挙げる巻き角の少女に目が留まる。
 
 「では,ス……そこの方」
 
 彼女は勢いよく立ち上がり,黄白色の二束の髪が肩を弾む。
 
 「はいっ! 魔物との不意の遭遇,『エンカウント』です!」
 
 爛々とした瞳で返答をうかがっている。
 
 「その通りです」
 
 それを聞くと彼女は静かに座り,したり顔でこちらを見ている。
 ペースを乱されまいと図解を続ける。
 
 「――と,いうわけで,『エンカウント』はとても危険な事故なんです」
 
 白墨を置き,白衣の裾で指を拭く。
 窓辺の遮光布を閉め,元の位置に戻ると,魔力を込めた手で板書を軽く叩く。
 すると,深緑の板に書いた白線の竜や人が発光し,動き出した。
 竜が人を掴み空を飛んだり,迷宮に入り魔物と戦闘したりする冒険者の図を見ながら解説を続ける。
 
 「魔物と遭遇することは直接の死因ではありません。
  しかしそれ故に厄介なこともあります。
  ……死亡した方々の遺体を回収できる例がごく少数という点です」
 
 クゲツは倒れる人の図を指差す。
 
 「このように,魔物により連れ去られたり迷宮の深層で命を落としたりし戻らない者には,一定の期間の後,『行方不明』の処理が下されます」
 
 遮光布を開け受講者の方を向き,間を置いて話す。
 
 「だからこそ,生き残るための『知識』と『技術』を,この『魔力生物学 対処課程』では教えているのです!」
 
 少し声を張って力説してみる。
 ……が,うたた寝する人,雑談する人,『魔力生物学 』の宣伝紙に目を落とす人……。

 あまり反応は良くないらしい。
 ……腕組をして何度も頷く少女を除いて。

 「……あのぅ,一ついいスカ?」
 
 真新しい皮の鎧に身を包んだ若者がゆっくりと手を挙げる。
 
 「なんでしょう?」
 
 「魔物との闘いで死なないようにするんなら,戦いの技術を磨いた方がよくないスカ?
  どうせ死んでも仲間に蘇生魔法かけてもらったり蘇生屋に頼んだり,どうにでもなるくないスカ?」
 
 純粋な疑問なのだろう。
 他の参加者も興味有り気にこちらに目を向ける。
 
 「鋭い視点だね」
 
 軽く口角を上げ相槌を打つ。
 彼らの心を掴むにはここしかない。
 気合を入れて口を開く。
 
 「そもそも肉体と魂は,――」

 タイミング悪く終業の鐘が鳴る。
 受講者の興味の糸はぷつりと切れてしまい,身支度を終えた者から教室を後にする。
 
 「はい! では本日のお試し体験講座はここまで!
  是非『魔対またい課程』を受けたいと思った方は,事前にお配りした用紙に――」
 
 しかし,勧誘文句がむなしく反響する。
 がらんとした教室を見て肩を落とす。
 
 「はぁ,今日も収穫無し……か」
 
 「いやいや! アタシがいるじゃないですか!」
 
 そこには少女が立っていた。
 立っていたのだが……。
 
 「スー,わざわざ来てくれたんだね。
  今日は通常の講義は無いのに」
 
 「だってクゲツ先生,いつもの授業じゃ魔法使ってくれないじゃん。
  だから見に来たの。
  クゲツ先生の描いた下手っぴなドラゴンが飛ぶとこ!」
 
 「そりゃあ,『魔対』に興味もってもらいたいからこっちだって工夫して……。
  って,下手っぴってお前なぁ……」
 
 先程から何の悪気もなくニコニコ笑っている彼女は“スー”。
 ”偶蹄人種ギーパー”と呼ばれる羊とヤギの様な特徴を持つ少女だ。
 黄白色の巻き気味のくせっ毛に側頭部から生えた巻き角が妙な一体感をもたらしている。
 少女といっても今年から迷宮探索の野外講習を受けられるから……十六になるのか。
 早いものだ。
 『魔力生物学 対処課程』の数少ない受講者だ。
 
 「とりあえずお昼にするかぁ。スーは施設で食べるの?」
 
 「ううん。今日はちび達の分先に作ってきたから食堂で食べようかなって。
  先生のおごりで!」
 
 スーは孤児院で生活しており,日頃から年下の子ども達の面倒をみている。
 孤児院のお偉方の意向で,自他共に生命を尊重し守れる存在になってほしいと『魔対』を受講している。
 
 「さてはそっちが本命だな……まぁ,たまにはいっか」
 
 「やったぁ! アタシ,不死鳥の親子丼♪」
 
 「ホント辛いの好きだな」
 
 そんな他愛もない会話をしながら教室の扉を開ける。
 すると,ピンと横にとがっている耳が特徴的で萌黄色の髪を右側で結んだ容姿の整った女性が立っている。
 “察賢人種エルフ”でありクゲツの育ての親でもある同僚のメイビである。
 ちなみに彼女らの寿命はデフトマンの約五倍であり、彼女は見た目からはそうは見えないが百歳は優に超えている。

 「……や,やぁ,クゲツ少年,スーちゃん……」
 
 首を傾け髪が垂れ下がる。
 ぎこちない作り笑顔でヒラヒラと手を振っている。
 
 「メイビさんこんにちは!」
 
 「お疲れ様です,タイミングがいいですね!
  これからスーと食堂に行くんですがよかったら一緒に――」
 
 いつもは毅然としているメイビがおどおどしながら口を開く。
 
 「……そのぉ,大変言いづらいのだが,……クゲツ少年……」
 
 「もう二十五です,少年はやめてくださいよ! どうしました?」
 
 「……『魔力生物学 対処課程』なのだが,解体されることに……なりそう……なんだ……。」
 
 「解体ねぇ…………解体っ?」



 その言葉を聞いたクゲツは,目の前が真っ暗になった。
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