異世界ダンジョンが現実世界に浸食してきたら

くままろ

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28話 金のゴキブリ

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「……眠い」

式条真人、全く睡眠が足りておりません。

「昨日は少しはしゃぎすぎたな……」

というのも、昨日、ドスタールでレトロゲーについて話し込んでるうちに「よし、いまからやろう」ってなノリになって朝方までレースやら格ゲーやらをやっていたからである。
終盤にやった鉄道会社の社長になるゲームで俺は破産し脱落したが、響はコンピュータープレイヤーとの決着をつけると張り切っていたので先にダウンさせてもらった。
女をほっといて一人で寝るなという声が聞こえてきそうだが、そんなものは俺と響の間には全く通用しないわけで、こんなことはよくある話だ。

「空腹で目が覚めたのか……とりあえず何か食べてから寝直そう」

なぜなら今日は日曜日。
国民の休日。
何をしても許される無礼講の日。
昼に寝ようが課題をほったらかしにしようが、居留守を使おうが許される日。
だって怒られるのは月曜日だもん。

「なーにーにしーようーかなー」

「あ、わたしのもー」

「……?」

ふとリビングを見やると……。

「ニンジンはやめてね」

「……いたの」

デコが仄かに赤い響がいた。
恐らくテーブルに突っ伏して寝てたからだろう。

「あの時間までいたら帰らないでしょフツー」

「それもそうか」

二人揃って少し遅目の朝食をとる――。

まったりタイムに入ろうか否かという時に響の提案でせっかくだから水雪も呼ぼうということになった。
夜音は気軽に呼ぶには家が遠いので放置。

「……昨日はどうだったんだ?」

一息ついた時を見計らって水雪に相棒との一夜の感想を聞いてみた。

「組んで初日にしては上々といったところね」

「ほー」

「うむん」

だろうな。
まあ夜音がちょこまか動くから、慣れるまでは水雪が少々やり辛いだろうけど組み合わせとしては悪くない、というかむしろいいはずだ。

「夜音の動きは初速からとても早くて……自由で……まるで……」

「まるで?」

「まるで金のゴキブリのようだった」

昨夜の出来事を思い出しているのだろう。
僅かに斜め上を見ながら、ぼんやりと口走った感想はひどすぎた。

「雪ちゃん……もうちょっと他の例えないの……」

ぐんにょりする響。

「絶対本人に言うなよ。絶対だからな」

哀れ夜音。
相方さまから金ゴキの称号を頂いたぞ。
金髪ツインテールの例えとしてはグゥゥゥゥレイトォォウな最悪さだぜ!

「我ながら適確な例えだと思う。あの自由過ぎる動きはまさに黒いアイツ……」

「まあ、しばらくはやり辛いだろうなぁ」

「そうなの?」

夜音の戦闘シーンを見ていない響が雪に聞いた。

「うん。正直な所、まだ全然連携が取れてない」

「まあでも、それだけ夜音ちゃんのネゴシエイターとしての能力が高いってことだよね」

「それは間違いない。あのスピードと常軌を逸した反応速度に私が合わせることができれば、かなり上位のネゴシエイターと渡り合える……と、思う」

「あいつはもともと高いポテンシャルと気合でとんでもない動きをするからなぁ……」

「ぁ……」

「ま、なにはともあれ、二刀の手数とあれだけのスピードがあれば、弓の水雪との相性もいいだろうし気長に合わせていけばいいさ」

「うん」

「しかしあれだな、あいつの二刀短剣とか水雪の弓とか、能力ってのはそいつに適した形になるんだなやっぱり」

「うん。ところで……」

「どした?」

「なんで真人が夜音の動きや能力を知ってるの?」

「あ……」

「バカ」

ものすごくつまらなそうな響の罵倒を最期に、式条家のリビングに一時の静寂が訪れた。

「いや、その、話せば長くなるんだが……」

「手短にお願い」

有無を言わせぬとはこういうことだろう。

「遺跡で……夜音と一緒にキマイラと戦った」

「そう」

「あ、でもその後は遺跡に行ってないぞ?」

「そう」

「あの時は成り行き上仕方なくて……」

「私にはついてきてくれなかったのに」

「う」

「私にはついてきてくれなかった」

「いや、違うんだよ」

「もういい」

水雪は静かに立ち上がると、部屋を出て行った――。


昨日レトロゲームで盛り上がったはずのリビングは見る影もなく重たくなった。
響は何事もなかったようにカップを口へと運び、俺はというと重い空気のままぼけーっと座りながら窓越しに空を眺めていた。
重い空気から逃げるようにベランダに出て、手すりによりかかり浜辺の方を見ていると、響が隣に来て同じように浜辺の方を見ながら言った。

「バカだバカだとは思ってたけどまさかここまでバカだとは」

「お前もなんか言ってくれよ……」

「あの場面で? そういう三流の脇役みたいな役はやだよ」

「悪い」

何八つ当たりしてんだ俺。

「ダメダメだねぇ」

「なぁ」

「なぁに?」

「俺はどうすればいい?」

「それは私のセリフ」

響はそう言うとこちら向かずに続けた。

「真人がいいと思うようにやりなよ。私の力が必要なら、どうして欲しいか言ってくれればいいよ」

責め立てるような、傷を抉るような響の言葉。
でもその声音は包み込むような穏やかな音だった。

「そうだよな」

「うん」

この期に及んで人に舵を任せようなんて虫がよすぎる話だ。
こんな時まで流されるままで、ちょっと普通じゃない高校生が聞いて呆れる。
何が特別製だ。

「真人」

「なんだ?」

「雪ちゃんは知ってるよ。真人のこと」

「……そっか」

俺のことというのは、つまりそういうことだろう。

「雪ちゃんね、バカでヘタレな真人はネゴシエイターになっても、きっとヘマをするから側で監視するんだってさ」

「ぞっとするな……」

家でダメ出しされ、学校で叱られ、遺跡でも水雪から叱られるのか俺は。

「借金やら何やら、そういうしがらみを全部帳消しにするんでしょ?」

「当たり前だ、男に二言はない」

「さぁどうする?」

響は穏やかな表情のまま、しかし声にはいくらかの重みを含ませて問いかけてきた。
俺はここに至っても、どうなりたいかなんてわからないままだが、どうしたいかなんてとっくの昔にわかっていた。

「とりあえず鍋パーティーでもしたいな。4人で」

「そいつはステキな作戦だね」

響はそういって笑うと、バンッと俺の背中を叩いて言った

「いってぇ……」

「よし、男を見せろ式条真人。ケツは私が持ってやろう」

「ああ、そりゃ心強い。何だって出来そうだ」

いつもみたいに笑う響に背中を押されて、やっと立ち上がれる気がしてきた。
今はまだ言えないけど、いつか必ず、この言葉にすると安っぽくなってしまうほどの感謝を伝えよう。
ただ、今、この場で響に伝えておかなければならないことがある。

「響、話は変わるけど……お前に、言っておきたいことがあるんだ」

「……何?」

少しの間を置いて響は問い返してきた。
これだけはどうしても今お前に言っておかなきゃいけない。
俺のためにも、響のため、将来のためにも。

「女の子がケツとか言うんじゃありません」

「デスヨネー」
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