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23話 天才魔導借金取り技師

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「店で話すのも何だし私の部屋にしよ。ちょっと待っててね」

「あいよ」

本日のお勤めを終えて店に辿り着いた俺達。
響はそのまま会議場のセッティングに向かった。
待てと言われて忠犬のように突っ立って待つのも何なので俺はいつもの席で待つことにした。
というわけで、店に入ると、カウンター近くの指定席へと足を運ぶ。

「あら?」

「ども」

おばさんは俺に気づくといつもどおり柔和な笑みで出迎えてくれた。

「いらっしゃい真人くん。コーヒーでいい?」

「あ、今日はちょっと響の部屋で野暮用があるんで」

少し言葉を濁した。
響に悩みを相談するっていうのは何か釈然としない……わけではないが、こう、男が同い年の女の子に悩みを相談するという絵面が少し恥ずかしく思えた。

「あら? あらあら」

だというのに、何故か嬉しそうなおばさん。
まさか俺の思春期オーラを感じ取ったのか?
これが大人の余裕か?

「真人くん」

「はい?」

おばさんは笑顔を引っ込めると珍しく真剣な、というか神妙な面持ちで俺の両肩に手を置いた。
俺はというと、イタズラがバレたみたいな感覚に陥ってなんとも居心地が悪かった。
しかし、おばさんから出た言葉は、

「絶対に覗かないから安心してね」

「ハイ?」

斜め上どころか、発射点は愚か着地点もよくわからない言葉だった。
いや、わかるけど。

「だから大丈夫」

「とりあえず、おばさんが妄想しているような事態にはならないとだけ言っておきます」

「じゃあ覗いてもいいの?」

「ダメでしょ! 覗くという行為そのものがダメだよね!?」

そもそも覗かれるという懸念が無かった分、覗かないと言われると逆に心配なんだが。

「大丈夫。覗かないからね」

「いや、そんなに念を押されると逆に心配なんだけど……」

「若いっていいわねぇ」

おばさんは俺に背を向けると、頬に手を当てながらそう呟いて退場していった。

「……何だったんだ?」

「どしたの?」

呆然とおばさんの後ろ姿を見送る俺に響が問いかける。

「いや、絶対覗かないそうだ」

「お母さんが何を考えてるか手に取るようにわかる分、そう言われると逆に心配になるわね……」

「だよなぁ……」

良かった、俺の思考は正常に動作していたようだ。

俺達は、無事体裁を整えた(というにはアレコレ散らかっているが)響の部屋へと場所を移した。
書籍やら書類やら図面やら、なんか部品とか色々と転がっている中に、当たり前のようにぬいぐるみやらファッション誌がおいてある。
まさに『私の部屋だぜ!』と言わんばかりの響臭のする部屋である。
なんだか鉄臭い。
あとちょっとオイル臭い。
これが女の子の部屋の匂いだとは断じて認めない。
机の上、書籍に押しつぶされながら歯車を抱いているクマに並々ならぬ哀愁を感じた俺は、クマの鈍く光るプラスチックの瞳に『幸せか?』と、目で問いかけてみた。
もちろん返事はない。
なんだかアンニュイな気分になりながら、とりあえず会議机、もとい折りたたみテーブルの前に座ると、響がコーヒーを二つ置き、議題を切り出した。

「それじゃあ、本題に入ろっか」

「ああ、そうだな。実は……」

冒渉者ネゴシエイターになるかどうか、かな?」

俺が少し言い淀んだ隙間を埋めるように、響は見事に答えを言い当てた。

「お前……なんでわかったんだ?」

「ま、そこは話せば長くなるからね。とりあえず結論を言わせてもらうと……」

話の進み具合が急過ぎて思考が追いつかない。

「真人は冒渉者ネゴシエイターになるしか無い」

「…………は?」

「まあそういう反応になるよね」

「いや、待て待て。確かに悩んではいるけど、どちらかというとネゴシエイターじゃないものを探してるんだ」

「まあそれじゃあ仕方ない」

響はよいしょっと言いながらメモ用紙のようなものを取り出した。
あ、請求書か。

「はいこれ」

「……………………ナニコレ」

請求書には、俺の名前、それから一目で数えきれない桁数の数字が踊っていた。

「いち、じゅう、ひゃく、せん、まん、じゅうまん、ひゃくまん、せんまん、に……」

「うん」

「におく?」

「言っとくけどざっくりだからね。端数もあるから本当はもうちょっと多いよ」

「いや、意味がわからないだが!? 全く身に覚えがないぞ!? 」

「そりゃそうだろうね。真人が物心付く前の事だもん」

落ち着け。
いや、落ち着こうにも情報が足りなさ過ぎる。

「お前んちを破壊したとかそんなのか?」

いや、自分で言っといてなんだがそんなわけないな。
この店と店の商品全部破壊しても恐らく二億には届かないだろう。

「違う違う。そうだね、これは何かを壊したからじゃなくて、いうなれば真人の生活費みたいなもんだね」

「ドユコト?」

「真人が生きるために必要だった金額だよ。ま、私もその時の記憶があるわけじゃないけどね」

「生きるために? 例えばとんでもない大怪我とか難病を治すための手術費用とか?」

「お、鋭いね。まさにその通り」

まじでか。
そんな記憶は全く無いしそもそも傷跡なんてものもない。

「あいつらそんなこと全く言ってなかったんだが?」

「そりゃおじさんもおばさんも忙しくてほとんど行方不明みたいなもんだし、私達も口止めされてたからね」

「っていうかあいつら稼いでるじゃん! 払えよ!」

「命の重みを感じ取って欲しいから本人に払わせるってさ」

「何その愛のムチ!? 限度があるだろ限度が!」

何考えてんだあのバカ夫婦。頭おかしいんじゃないの?

「とりあえず直接電話してみるか……」

「まーいきなり言われても信じれないよねこんなの。そーするといいよ」

「いや、話自体は信じてるよ。何年お前といると思ってんだ。あ、あった」

響に返しながら携帯のアドレス帳を探る。
オヤジと連絡を取ることなど皆無ゆえ、履歴は役に立たない。
あまり電話したくなかったが、しかたない。
俺は、しぶしぶ発信ボタンを押した――。
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