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22話 とある天才魔導技師の場合

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「はぁ……」

ため息を一つ吐くと、机にうなだれる。
昨日の夜音との話を思い出すと、なんとも言えない複雑な心持ちになる。
昔のお偉い人は15歳で進む道を決めたとか何とか。
バカじゃねえかと思う。
そんな簡単に、その時の持ち物と風景を見て「じゃあこれで」と決めれるほど人生は楽じゃない。
いや、俺の歳で人生を語るのもどうかと思うが、でもそんなのは勿体無いと思う。
でも先延ばしにするにも限界がある。
いつまでも決められないまま、決定的な何かを待ち続けるのなんてごめんだ。
それじゃあまるで神頼みだ。
祈るだけじゃ何も変わらない。
自分の人生を直視せず美化できるほど厚顔無恥にはなれない。
十分な準備と、成功につながる確信を得るまで動かないようじゃ何も出来ないし、何者にもなれないだろう。
機会は待ってくれない。
そんなことは俺だってわかっている。

「くそ……」

夜音に言われなくたってわかってる。
やりたいならやればいい。
わからないならやってみるしかない。
じゃあ、やりたい気持ちと、やりたくない気持ちがある場合はどうすりゃいいんだよ?

「おーおー、朝っぱらからなーに不景気な顔してるのさ?」

机に突っ伏したまま声のする方へ顔を向けると、響が覗きこむようにこちらを向いている。

「正論って凶器だな、と」

「お、何やら哲学的だねぇ」

顎に手をやり、む~んと悩む仕草をする響はとてもアホっぽかった。

「すげーアホの子みたい」

「そういうことは頭の中にとどめとくもんだと思うんですけど」

「あ、声に出てたか。すまん」

「失礼しちゃうなーもう」

響きはため息混じりに不満を吐き出すと席に着き、こちらへ向き直る。

「悪かったって。ところで、天才魔導技師の響ちゃんよ」

「天才のあとに美少女を付けるのを忘れないように」

なんてふてぶてしい野郎だ。
見た目だけなら美少女に違いないが、中身を加味するとなんとも言えない。

「天才微少女魔導技師の響ちゃんよ」

「なにか違う気がするけどまあよろしい。なに?」

「お前っていつから魔導技師やってんの?」

「へ?」

「へ?」

突然面食らったよう反応をした響につられて、思わずこっちも面食らった。
なんか変なコト聞いたか俺?

「何? その、気になるの?」

「うん? まあそうだな。どした?」

「いやさ、真人が私の事聞くのって初めてじゃない? だから驚いたというかなんと言うか……その、びっくりした」

「そうか?」

「そうなの!」

響きはヤケクソ気味に語調を強くする。

「なぜ怒鳴る?」

「日頃積もり積もった何かがそうさせるんじゃない?」

視線を外しあさっての方向へ向けながら含みのある、というかオブラートに包んだ形で罵倒してきた。

「なんかよくわからんが落ち着け」

「真人様からしたらワタクシなんて村人Aくらいのどうでもいい存在ですからネー」

「そんなことはない」

「口ではなんとでも言えるよねー」

未だご機嫌斜めってる響。
今日はやけに絡むなコイツ。
まあ思い当たる節はあるが……

「いや、ほら? なんつーかさ。聞いて良いことと悪いことがあるだろ? お前は有名人だし、その、そこんとこあんま、わかんないんだよ。周りからアレコレ詮索されることも多いだろうし、そんな野次馬と一緒にされたくないというか……」

「……ふーん」

「なんだよ?」

恥を忍んで赤裸々に胸の内を語ったのにその放置プレイに等しい反応はなんだテメェ……!

「つまり、悩んだ結果、回避を試みた、と?」

「う……まあ……そうなるな」

その通り。
その通り過ぎて我ながら情けない。
やっぱ正論と真実は凶器だな。
突きつけられて初めてその切れ味に気付いた。

「ヘタレ」

響は少し俯きながらこちらを見上げると拗ねた子供みたいに呟いた。

「返す言葉もございません……」

悪いことをした。
響からしたらちょっとした疎外感を感じていたんだろう。

「ま、それなりに考えてくれてたのは本当みたいだし、許しましょうか」

「そりゃどうも」

「で? なんだっけ?」

「天才微妙少女の響ちゃんが魔導技師になったのはいつからですかって話だ」

「違和感の正体発見!」

とぅ! と、言いながら響は俺の頭に手刀を振り下ろした。

「いて!? お前そういうのは痛くないようにやるもんじゃね!?」

「いまのでこれまでのことはチャラにしてあげる♪」

「さっき許すって言ったよね!?」

「男の子は細かいことはキニシナーイ♪ で、質問の答えだけど……」

女は男女差別を振りかざせるのに、男は振りかざせないとは何たることか。
世の中間違っている。

「わかんない」

「ばかなの?」

「しっけーな。気づいたらなってたんだからしょうがないじゃん」

「つまり、なんだ? 自分でアレコレやってるうちにいつのまにか有名になったってことか?」

「まあそだね。まぁ加えて言うなら親の七光りもあっただろうね」

「ということはあれか? 別になりたくてなったわけじゃないってことか?」

「そうとも言えるねー」

なんて贅沢な奴だ。
魔導技師になるために遊びを我慢して猛勉強してるやつらに謝れ。

「でもたぶん、本来職業ってそういうもんだと思うよ?」

「あん?」

「何かの技術を身につけて、成果を出して、周りがそれを認めればプロじゃん。資格とか就職先なんて、その代替品でしか無いよ」

「まあ理屈で言えばそうだろうな」

「あまり納得してないご様子だね? じゃあ魔導技師の資格持ってます! っていう人と、資格はないけど今まで100件の魔導具を修理しました! お客様の80%はリピーターです! っていう人、どっちに仕事頼みたい?」

「後者だな」

「だよねー。まあ企業とか絡んでくると世間体とかあるから一概には言えないんだけどね」

そこらへんは難しいのさーと、響きは腕を組んでウンウンと頷く。

「ま、私の場合は、私を魔導技師として認めた人がいたから魔導技師って言われてただけだし」

「え、ちょっと待て。あれ? お前資格無いの?」

「あるけど、取ったのはついこないだだよ」

「衝撃の事実だな……お前はついこないだまでブラッ〇ジャックだったのか」

「ふふふ。その通り! 無免っていうのはある意味ステータスだし、なんかカッコイイからそのままで良かったんだけどねー。でも免許がないと何かと不便なんだなこれが」

「まあ確かに資格が存在する以上は無免だと色々まずいだろ」

「うん。で? 何をそんなに悩んでんのさ?」

「ああ。昨日な……」

ガラッと、音を立てて担任教師が教室に姿をあらわした。

「さー、皆席についてー。三十路で独身彼氏無しの先生がHRはじめるよー」

血も涙もない委員長の号令が響く。

「結婚できないんじゃないから。しないだけだから」

応戦する三十路。
あんたは明日から本気出すニートか。

「この前のネゴシエイターの人はどうっだったんですかー?」

教室がざわついきたので、俺は

「すまん。また昼……は、まずいな。帰りに茶店で」

と、響に告げ、話を打ち切った。

「あんたいつの人よ……あと茶店てウチのことじゃないでしょーね?」

俺は無言の肯定を響に返すと、三十路で独身彼氏無しで最近猫を飼い始め、さらにマンションの購入を検討しているけど、本気出したら余裕で結婚できる先生の結婚できない理由について考え始めた。
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