上 下
1 / 37

1話 ファンタジーも慣れれば普通

しおりを挟む
夕暮れの帰り道。
いつものように幼馴染の水雪と防波堤を並んで歩く。
足元の石ころを海に落とせば、波紋が広がり、海の中に沈んだ都市が歪んで見える。

「真人、私……冒渉者ネゴシエイターになる」

隣を歩く水雪が突然呟いた。
いつものように平坦な口調だが、その言葉は潮風にかき消されることのない意思を含んでいた。
俺は振り返り、水雪の透き通るような青い瞳を見つめる。
潮風が水雪の青い髪を優しく撫でるたびに、ほのかなミントと、潮の香り。

こんなとき普通は理由やら動機やらを聞くものだとはおもうが、俺は何故かそれを聞くのをためらった。
ためらって……そして、結局聞かないことにした……。
この時無理矢理にでも理由を聞いていれば、何かが変わったのだろうか?
水雪と水平線に沈む夕日はなんだか少し儚げに見えた――。





「世界は衰退しました!」

わざわざ、学校の課外授業を使いダンジョンの入り口まで来た俺達の前で担任の先生が説明をしている。

世界は衰退している。
正しくは、人類は衰退しているといったとこだろう。
偉い人達が数年前から、「世界は後何年持つのか?」という議論を繰り返しているが公式に結論は出ていない。
実はもう結論が出ていたとしても、俺達みたいな一般人には知らされることはないのかもしれない。
そんなことを考えながら、興奮気味に教鞭をとっている先生の話を聞き続ける。

「そんな中、世界各地で、謎の空間”ダンジョン”が発見されるようになりました!」

その背景には、世界各地で行方不明者が多発した事件があった。
紛争地帯や著しく治安の悪い地域ならまだしも、ところかまわず急増したのだ。
それも世界中で。
あまりの規模の大きさに世界は震撼した。
同一犯ではありえないし、軍などの大規模な組織が動いても不可能な所業だ。
それは神隠しとしか言いようがない出来事だった。

その調査の結果ダンジョンの存在が確認されたというわけだ。

「ゲームをしてる人ならダンジョンといえば洞窟のようなものをイメージするかもしれませんが、どちらかというと遺跡といったほうが私はしっくりくると思っています! 誰がダンジョンなんて名前をつけたんでしょうねぇ、私なら古代遺跡ルーンリメインという名前にしますね、そっちの方がかっこよくないですか?」

先生は返事を期待していた訳ではなかったようで話を続けている。
先生の言った通り、ダンジョン内部は明らかに何者かの手によって意図して作られたとしか思えない遺跡のような空間が広がっている。
ダンジョンの目的、意味、内容は一切わからず、曰く神の試練だとか、最後の審判だとかノアの方舟だとか、世間では色々な憶測が囁かれた。
度重なる調査の結果わかったことは、ダンジョンは未知の資源と技術の宝庫だということ。
ダンジョンで採掘された鉱石やそれを研究することで生み出された技術は人々に、世界中に大きな恩恵をもたらした。

「『我々人類の未来は、ダンジョンの先にある!』などのフレーズは聞いたことがあると思いますが、ダンジョンを攻略するにつれて私たちの知恵や技術は豊かになり、生活は潤っていきましたよね? ふふふ、なんと、今日は、そんなダンジョンで活躍している冒渉者ネゴシエイターの方々に来てもらっています~! あなた達には今から自分の能力適正を見てもらいます~! ワクワクですね~!」
先生は何がそんなに嬉しいのか、ピョンピョン跳ねている。

得体のしれない存在ではあるが、恩恵を得られるなら、危険があってもダンジョンの謎を解き明かし、人類の衰退に待ったをかけようとする人たちが現れる。
ピンチに現れる英雄気取りな者や、一攫千金で成り上がり狙う者、研究者など多種多様の人達。

そんな人達のことを、いつからか冒渉者ネゴシエイターと呼んだ――。


俺はダンジョンの入り口を潜り、少し進んだ先に立っている冒渉者ネゴシエイターの前まで進んだ。
冒渉者ネゴシエイターはカルテなようなものを見て、
「式条真人、身長182、体重68、今まで能力が現れたことない……で間違いないな?」
と、たずねてきた。

「はい」

俺は素直に頷く。

「よし、では集中して……自分の中に何か力を感じないか?」

言われたとおりにするが特に何も感じない。

「いえ……」

「これは個々でイメージが違うから説明しにくいのだが、自分の中に馴染みのあるというかしっくりくる何かが現れないか?」」

優しく説明してくれるが、まったくイメージできない。

「いえ……」

応えるべき言葉も見つからないので俺は小さく首を振った。

5分程ねばってみたが、何も変わらなかったので、
「……よし、もういいぞ」
と、冒渉者ネゴシエイターは少し肩の力を抜き、続けた。

「能力の出現もダンジョンと同じく突然だ。たまにはこうやって確認してみてもいいかもしれないな」

「はい」

「では、すまないが次の生徒を呼んできてくれないか?」

小さく礼をしてその場を離れようとする俺に、冒渉者ネゴシエイターはため息混じりに言葉を投げかけた。

「まあ。そう面倒臭そうな顔をするな少年?」

そんな顔をしていたんだろうか。

「生まれつきですよ」

俺がそう言うと検査官はそいつは悪かったなと言って続けた。

「まぁ、確かに面倒だよなぁ……遺跡なんてもんが出てきたせいで高二になると強制的にこの能力測定を受けさせられる、定期試験かよ全く……」

「テストと違って事前に準備する必要がないだけまだ楽ですけどね」

「ははは、そう考えると授業よりはマシだな」

「まさか、授業なら寝ればいいけど、この測定だと寝ることもサボることもできません」

「お前、筋金入りの面倒くさがりだな……」

「お褒めに預かり光栄です」

いくらか砕けた調子で言葉をかわす冒渉者ネゴシエイターに答えながら背を向けると遺跡の出口へと向かった。

「……なんもないとかある意味レアだな」

歩きながら思う。
別に悲しくはない。
能力なんかなくても生きていける。
能力なんて所詮はダンジョン内部でしか使えない曲芸であって、日々人間的に怠惰な生活を営むのに何の必要性もない。
しかし何も出ないってのは劣等生みたいで少し癪だ……。

「ま、ヤカンとか提灯が出るよりゃマシか」




――俺は今日を振り返りながら、ベットの上でだらりと仰向けになる。
どこを見るでもなく天井を眺めながら呟いた。

「水雪も攻略に混ざろうってワケか……ネゴシエイターか……」

ダンジョン攻略に向かう理由は様々ある。
カネ、名誉、好奇心、あるいは人類のため。
理由は人によるだろうが、いつ死んでも全くおかしくない、危険なダンジョンに人類の代表として自ら足を踏み入れる。
ダンジョンは神の用意したもので、攻略していくたびに世界が豊かになる。
まるで人類の存続を神様と交渉しているようなものだ。
「私達はまだ生きていたいんです」と……。
そういった意味合いを持って、ダンジョン攻略者は神との交渉人、ネゴシエイターと呼ばれるようになった一面もある。
俺は寝返りをうち、壁の向こうに居る人物を考えた。

「水雪……」

ぼーっとしているようで、しっかりしているような、表情が余り顔に出ない長年共に過ごした少女のことを。
しかし考えたところで理由なんてわかるはずもない。
どれだけ一緒に過ごそうが、頭の中身まで覗くなんて出来ない。

「水雪はなんで……あーくっそ、わっかんねーなぁ!」

珍しく頭を使ったせいで疲れたのか、あるいは単なる逃避なのか、俺はそのまま眠りに落ちていった――。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

幕末の剣士、異世界に往く~最強の剣士は異世界でも最強でした~

夜夢
ファンタジー
幕末。人々は幕府側と倒幕派にわかれ血で血を洗う戦をしていた時代。 そんな時代で有名な猛者といえば新撰組だろう。新撰組とは誠の錦を掲げ京の治安を守っていた隊士達である。 その新撰組で最強と謳われていた美少年剣士【沖田 総司】。記録には一切残されていないが、彼には双子の兄、【沖田 総一朗】という者がいた。 その総一朗は弟の総司とは別の道、倒幕派として暗躍していたのである。そんな兄に引導を渡したのが総司だった。 「兄さん、僕は……っ」 「はっ、お前に討たれんなら仕方ねぇ……。あの世でまってるぜ……総司……」 それから数刻、死んだはずの総一朗はゆっくりと目を開く。 「ここは……はっ、死んだんだよな俺……」 死んだはずの総一朗が目にした世界。そこには見た事もない世界が広がっていた。  傍らにあった総司の愛刀【菊一文字】を手にした総一朗は新しい世界へと歩みを進めていく──

婚約者に逃げられて精霊使いになりました〜私は壁でありたいのに推しカプが私を挟もうとします。〜

一花カナウ
ファンタジー
結婚式まで残りひと月を控えた《私》は買い物のために街へ。 そこで露天商に絡まれ、家に忘れてきた【守り石】の代わりにと紫黄水晶のペンダントを託される。奇妙な出来事だったと思うのも束の間、本来なら街に出ないはずの魔物に遭遇。生命の危機を前に《私》は精霊使いとして覚醒し、紫黄水晶からアメシストとシトリンというふたりの鉱物人形を喚び出すのだった。 これは《強靭な魔力を持つために生贄となる運命を背負った聖女》と彼女を支えるために生み出された美しい兵器《鉱物人形》の物語。 ※カクヨムでも掲載中。以降、ノベルアップ+、ムーンライトノベルズでも公開予定。 ※表紙は仮です(お絵描きの気力が尽きました) 右から、アメシスト、ジュエル、シトリンです。 ※イチャイチャは後半で

間違い転生!!〜神様の加護をたくさん貰っても それでものんびり自由に生きたい〜

舞桜
ファンタジー
「初めまして!私の名前は 沙樹崎 咲子 35歳 自営業 独身です‼︎よろしくお願いします‼︎」  突然 神様の手違いにより死亡扱いになってしまったオタクアラサー女子、 手違いのお詫びにと色々な加護とチートスキルを貰って異世界に転生することに、 だが転生した先でまたもや神様の手違いが‼︎  神々から貰った加護とスキルで“転生チート無双“  瞳は希少なオッドアイで顔は超絶美人、でも性格は・・・  転生したオタクアラサー女子は意外と物知りで有能?  だが、死亡する原因には不可解な点が…  数々の事件が巻き起こる中、神様に貰った加護と前世での知識で乗り越えて、 神々と家族からの溺愛され前世での心の傷を癒していくハートフルなストーリー?  様々な思惑と神様達のやらかしで異世界ライフを楽しく過ごす主人公、 目指すは“のんびり自由な冒険者ライフ‼︎“  そんな主人公は無自覚に色々やらかすお茶目さん♪ *神様達は間違いをちょいちょいやらかします。これから咲子はどうなるのか?のんびりできるといいね!(希望的観測っw) *投稿周期は基本的には不定期です、3日に1度を目安にやりたいと思いますので生暖かく見守って下さい *この作品は“小説家になろう“にも掲載しています

ソロ冒険者のぶらり旅~悠々自適とは無縁な日々~

にくなまず
ファンタジー
今年から冒険者生活を開始した主人公で【ソロ】と言う適正のノア(15才)。 その適正の為、戦闘・日々の行動を基本的に1人で行わなければなりません。 そこで元上級冒険者の両親と猛特訓を行い、チート級の戦闘力と数々のスキルを持つ事になります。 『悠々自適にぶらり旅』 を目指す″つもり″の彼でしたが、開始早々から波乱に満ちた冒険者生活が待っていました。

公国の後継者として有望視されていたが無能者と烙印を押され、追放されたが、とんでもない隠れスキルで成り上がっていく。公国に戻る?いやだね!

秋田ノ介
ファンタジー
 主人公のロスティは公国家の次男として生まれ、品行方正、学問や剣術が優秀で、非の打ち所がなく、後継者となることを有望視されていた。  『スキル無し』……それによりロスティは無能者としての烙印を押され、後継者どころか公国から追放されることとなった。ロスティはなんとかなけなしの金でスキルを買うのだが、ゴミスキルと呼ばれるものだった。何の役にも立たないスキルだったが、ロスティのとんでもない隠れスキルでゴミスキルが成長し、レアスキル級に大化けしてしまう。  ロスティは次々とスキルを替えては成長させ、より凄いスキルを手にしていき、徐々に成り上がっていく。一方、ロスティを追放した公国は衰退を始めた。成り上がったロスティを呼び戻そうとするが……絶対にお断りだ!!!! 小説家になろうにも掲載しています。  

【完結】天下無敵の公爵令嬢は、おせっかいが大好きです

ノデミチ
ファンタジー
ある女医が、天寿を全うした。 女神に頼まれ、知識のみ持って転生。公爵令嬢として生を受ける。父は王国元帥、母は元宮廷魔術師。 前世の知識と父譲りの剣技体力、母譲りの魔法魔力。権力もあって、好き勝手生きられるのに、おせっかいが大好き。幼馴染の二人を巻き込んで、突っ走る! そんな変わった公爵令嬢の物語。 アルファポリスOnly 2019/4/21 完結しました。 沢山のお気に入り、本当に感謝します。 7月より連載中に戻し、拾異伝スタートします。 2021年9月。 ファンタジー小説大賞投票御礼として外伝スタート。主要キャラから見たリスティア達を描いてます。 10月、再び完結に戻します。 御声援御愛読ありがとうございました。

前世で医学生だった私が転生したら殺される直前でした。絶対に生きてみんなで幸せになります 2

mica
ファンタジー
続編となりますので、前作をお手数ですがお読みください。 アーサーと再会し、王都バースで侯爵令嬢として生活を始めたシャーロット。幸せな婚約生活が始まるはずだったが、ドルミカ王国との外交問題は解決しておらず、悪化の一途をたどる。 ちょうど、科学が進み、戦い方も変わっていく時代、自分がそれに関わるには抵抗があるシャーロット、しかし時代は動いていく。 そして、ドルミカとの諍いには、実はシャーロットとギルバートの両親の時代から続く怨恨も影響していた。 そして、シャーロットとギルバートの母親アデリーナには実は秘密があった。 ローヌ王国だけでなく、ドルミカ王国、そしてスコール王国、周囲の国も巻き込み、逆に巻き込まれながら、シャーロットは自分の信じる道を進んでいくが….. 主人公の恋愛要素がちょっと少ないかもしれません。色んな人の恋愛模様が描かれます。 また、ギルバートの青春も描けたらと思っています。

処理中です...