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12話 石鹸の香り
しおりを挟むペーパー冒険者を先頭に置く卑劣な行為に耐えながらも、兵士達と寄り添いお喋りに花が咲く。
モブ子だった私にも脇役に昇格かと浮かれていると、馬に跨るライが私を担ぎ後ろに乗せた。
「もしもーし。どうして私は馬に乗っている?」
「自分の胸に聞け!」
胸かあ。チキンハートは鼓動に全力投球ですが。
「団長~、具体的にとうぞー!」
すると、ボソボソと小声で何か呟く。なのでライに顔を少し近づけ私も小声で話す。
『あ、あれだ……』
『なんだ?』
『……その、石鹸の香りだよ』
『石鹸?』
何かと思えば、石鹸という言葉が返ってきた。石鹸の香りがどうしたというのだろう。
毎回連想ゲームみたいにまどろっこしい言い方をする。面倒くさい奴だ。
ライが私を馬に乗せたのが、兵士から遠ざける為だとしたら、この香りが原因で兵士達は私に寄り添っていると、多分ライは言いたいのだろう。
それって、私に自惚れるなと忠告している?
それとも、兵士と馴れ合うなと言っている?
どうしよう。めちゃくちゃ腹が立ってきた。
例えそれが私の思い違いだとしても、吐き出された言葉は記憶に残ってしまうものなんだ。
ライは秘密を共有する仲間だと思っていたのに。
いや、それこそ私の思い違いなのかも……。
そこへ、ビッグアントの群れが遠くから迫って来るのが見えた。憂さ晴らしには丁度いい。ここはもう、ネガティブ思考からシビアモードへスイッチの切り替えだ。
私はライの号令を待たずに、馬から飛び降り颯爽と全速で走り出した。全ステータスはマックスの私は馬より速いのである。注釈はさておき――
さて、初の魔獣退治だ。初心者は慌てず騒がずが基本。確か、ビッグアントの攻略法は、動きを止める事だったと思う。
なるほど、大型バイクとほぼ同じ大きさ。ウジャウジャと気色悪いが、ゴキブリよりはまだマシだ。
アックスを革袋から2本取り出し、両手に構える。
走りながらビッグアントの前脚の第2関節を狙い、アックスを横から振り切る。クリーンヒット。
ビッグアントの脚は真っ二つに切断された。頭が地に着く。尽かさず首の付け根にアックスを振り下ろす。血飛沫と共にビッグアントの頭は胴体から離れ、絶命した。
同じ要領で、次から次へと迫るビッグアントを倒した。そこへラスボス登場。羽根のある女王蟻と思しきビッグアントが私の前に立ち開かる。羽根があるぶん飛ばれたら厄介だ。
私ひとりで倒せるだろうか……。
そこへ木の上から雄叫びと共に、何やら黒い物体が降って来た。
「――ヒャッホー!!」
あ、人間。
「少し見させて貰ったぜ。お前、強えな。だがこのクイーンアントは俺の獲物だ。後は俺に任せろ!」
「えっ? ああ、はい……?」
突然の乱入者に、呆気にとられ私は立ち尽くす。
背の高いガッチリとした体格に、黒く長い髪を靡かせて、豪快に立ち向かって行く。
あのフェンシングの様な細長い剣は、何と言うのだろう。まるで空を疾るように、クイーンアントの羽根を粉々に切り裂いた。
最後はスッと一筋の線が引かれたかと思うと、血飛沫もなく、首は胴体から滑るように落ちた。
おお、格好良い……!
倒し終えると、男は私のもとへとやって来た。
「お前、冒険者か? S級ランクの手練れと見た」
「いえ、魔獣退治は今日が初めてです……はい」
さすがにFランクとは恥ずかしくて言えない。
「ゲッ! マジかよ! こりゃ驚きだ……王都にこんな奴がいたとはなぁ。俺の名はレオだ」
「あ、私は紅と言います」
「紅? 変わった名だな。それにしてもお前、早くその血を洗わねえと落ちないぞ。さっさと帰んな」
「ギェ! ああもう、これしか無いのに……」
「何だ、シャツねえのか? そういやさっき色々と持ってきたんだった。ちょっと待てよ」
レオは大きな袋から無造作に衣服を取り出し、私に差し出した。これは!
「おお! シャツだ! 偶然か、奇跡か、神の思召しか! あれ、2枚も? えっ、いいんですか?!」
冒険者はシャツを手に入れた!
「ああ、構わねえよ。お前、面白いな。ククッ!」
……お前もな。
「あ、ヤバい!」
砂煙りが迫って来るのが目に入った。おそらくライ達だろう。見つかったら絶対怒られるに決まってる。ここは逃げるが勝ちだ。
「ええっと、先を急ぎますので私はこれで。本当にありがとう御座いました!」
「訳ありみてえだが、まあいい。ああ、じゃあな」
ちょっとイカした謎の男レオと別れ、私は脱兎の如く小屋へと戻った。
アックスを小屋の中へ置き、いつものように、五右衛門風呂に水を溜め、薪に火を起こし、血の付いたシャツを洗い、風呂が沸くまで貰ったシャツを眺める。
まだ新しいシャツの匂いを嗅ぐと、嗅ぎ慣れた匂いに眉を顰める。これは確か、ダグの店にお試しで置いてあった石鹸の香りに良く似ている。
レオもダグの店を利用しているのだろうか。そんなどうでもいいことを考えながら、風呂も沸いたようなので、長風呂を決め込む。
風呂から上がり、珈琲を淹れていると、ドアを叩く音がした。いそいそとドアを開けると、鬼の形相でライが立っていた。しまった、油断したあ……。
「ええっと、い、いらっしゃいませ……ハハ」
「この馬鹿者が!」
そう怒鳴ったあと、ライがいきなり私の腕を強く掴んで大きく溜め息を吐く。驚いた私は硬直する。
「ちょ、ちょっと……ライ?」
「まったく、どんなに心配したか。怪我はない?」
ライの手が少し震えている。何がそんなに心配なのか、私が強いのは分かっているのに。討伐を頼んだ手前からか、それとも私が女性だからなのか。
でも、ライの手は大きくて暖かい……。
「う、うん。大丈夫。ごめんなさい……」
「なぜ急に飛び出して行ったんだ。従えとは言わない。ただ、一言あってもいいだろ。それとも何か理由でもあったのか?」
あるかと聞かれたら無いわけないじゃん、と答えるだろう。誰かさんの一言でチキンハートは傷つきましたと、付け加えたいくらいだ。
でも、何が本当で何が間違っているのかは、正直分からない。やはり確かめた方がいいのだろうか。
「とにかく、中へどうぞ」
「あ、ああ、お邪魔します……」
気まずい空気の中、珈琲の良い香りだけが漂う。ライは借りて来た猫のように大人しく、無言で俯く。そうさせてしまったのは私なんだろう。確かめよう。
「はい、珈琲。あのさ、自分の胸に聞けとか石鹸の香りがどうとかって、あれはどういう意味?」
「ああ、石鹸は女性か貴族しか使わない物なんだ。だからその、君が女性であることが分かってしまうのではと、少しキツい言い方をしてしまって、申し訳なかった……すまない」
まさか石鹸にそんか意味があったとは知らなかった。なら全部、私の思い違いだったんだ。
ひとりで勝手にムカついて、無知ゆえの大失態。
それはそうと、ここで疑問。ダグはなぜ私に石鹸を売ってくれるのだろう。まさか女性だとバレているとか、もしくは貴族だと勘違いしているとか。
とは言え、余計な詮索をして藪から蛇では返って困る。触らぬ神に祟りなしだ。それに、もう色々あり過ぎて面倒くさい。
「そうだったんだ。石鹸にそんな意味があったなんて知らなかった。心配させてごめんね、ライ」
「知らなかったのなら、まあ、仕方ないよ。でもそのう、あまり男性と親しくはして欲しくないかな。ほ、ほら、一応用心のためにな。うん!」
「はい、気を付けます。フフッ、ライは優しいね」
「そ、そうかなあ……それよりも、君はなぜ部屋の中でローブを羽織っているんだ?」
何故って、ライラから譲って貰ったキャミソール的なランニングシャツしか着る物がないからだよ。
この国ではブラジャーというものは無いらしいので、当然ノーブラシルエットですが、見たい?
「それがさあ、替えのシャツが無くなっちゃたのよ。だからローブの中は下着だけなの。見る?」
「なっ! み、み、見るわけないだろ!」
ふむ。シャイボーイには刺激が強すぎましたか。
「それでね、ある人からシャツを譲って貰ったのよ。それも2枚も。しかも石鹸の香りがするの。あの人、貴族なのかなあ」
「石鹸の香り? ちょっとそのシャツを見せてくれないか?」
と言われたので、ベッドに置いていたシャツをライに渡した。すると怪訝そうな顔でシャツを睨む。
「……その親切な男性には悪いが、これは俺が預かる。シャツが欲しいなら俺に言え」
急に怒ったような物言いで、シャツを掴む。
「えっ? でもそれが無いと私の服が……」
私が困惑してそう言うと、ライは徐にマントとシャツを脱いで、着ていたシャツを私に差し出した。こ、これは……。
突然と現れた男の裸体に私の目は今、そのたくましい胸筋と割れた腹筋に思わずロックオン。
まるで彫刻のような艶やかな肉体に、ほんのちょっとでもいいから触れてみたいという欲望で動く手をグッと抑え、顔は無表情を保ちつつも、内心バクバクのチキンハートは興奮と動揺で今にも核爆発を起こしそうです!
「ほら、今はそれで我慢してくれ。明日にでも代わりのシャツを持ってくる、いいな!」
ライの声にハッと我に返る、おげれつモブ子。
「……えっ、ああ、り、了解……しました……」
ああ、ライがマントを羽織ってしまった……。
「……じゃ、俺は帰る。また明日な」
「う、うん。気を付けて……」
ライは握りしめたシャツに視線を置きながら、振り向きもせず足速に帰っていった。何事??
はあ、今日はシャイボーイではなくマッスルボーイだったなあ……いや、ご馳走様です。
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