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1話 予兆

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 良く晴れた朝。
 ある大きな寮棟の一室。目覚まし音が響く。
 
「ピピッ、ピピッ、ピピピピ……」
 
「カチャ。わかった……起きます……ふぁ~」

 男はベッドから嫌々起き上がり、スリッパを履いて洗面所で顔を洗い歯を磨く。タイマー予約のコーヒーメーカーから豆の香ばしい香りが漂うと、ようやく思考回路が目覚め始めた。リビングのキッチンへ向かう――
 
「さて、今日の天気はっと」

 珈琲の入ったカップを片手にソファに座る。テレビのリモコンのスイッチを入れ、日課となるニュース番組や天気予報を見る。
 定番のチャンネルからいつものように、女性アナウンサーの声が響く。
 ちょうど特集コーナーの時間帯だ。
 
『おはようございます! 今日の特集は、ゲームに関するアンケート調査です』
 
「アンケート?」

 時間も気になるが特集も気になる。いつもは聴き耳を立てるだけで、余り見る事のない画面に珍しく集中した。
 
『今回のアンケートは、"あなたがゲームの主人公になるとしたら"がテーマです。質問には幅広い年代層の方々が答えてくれました!』

「ゲームねえ。最近やってないなあ。アッチ!」

 溢れた珈琲を拭きながら、聞き耳を立てる。
 
『アンケート結果がコチラ。様々な答えが返って参りました。やはりトップは冒険者、その次にラスボス、最近人気のある異種系も上位に入ってきてますね。その他は中年層の方々で、ダークヒーロー、のんびりライフ系でした。では街頭インタビューをご覧頂きましょう』プツ――

 男は街頭インタビューを見ずにテレビを消した。カップをテーブルに置き、立ち上がる。
 
「……私達はどれだ? あ、時間が」

 長い髪を胸元で束ねなが寝室へ戻った。スーツに着替えて身仕度終了。
 玄関で靴を履き、ドアに鍵を掛けていざ出勤。

 彼の名前はテア・ワイズ。長身に長いホワイトブルーの髪に濃い紫色の瞳、顔立ちと言えば女寄り、端正な容姿に恵まれている。父親の経営するワイズポリス国際アカデミーを首席で卒業。頭脳と能力は群を抜く。

 職業はもちろんポリスオフィサー。近くにはワールドポリスユニオン略してWPU、世界ポリス連合の本部もある。
 今では専門分野も増えた、スペシャルアビリティの集団だ。その中に特殊異能力部隊と言う公にされていない組織があり、選ばれた逸材者のみで形成された機密部署だ、テアもそのひとり。
 他に、同じポリスアカデミー出身の仲間が同じ寮で暮らしている。

 
 ――――――――


 テアは日課となった寮の門で仲間を待つ。

「おはようございます、テア先輩」

 彼の名前はエルク・バレン。栗毛に緑色の瞳が良く映える、気の利く明るい後輩。

「おはようエルク」

 そこへ寝ぼけた顔の男が姿を現した。

「ふぁ~、おはようテア」

 彼の名はジェイド・バーグ。赤毛にブラウンの瞳と、長身でガッチリと鍛え上げられた身体は正にポリス向き。同期でテアの幼馴染でもある。テアを守るのが自分の使命だと幼い頃から勝手に決めている、少々ストイックな面を持つ。

「はい、おはようさん。あのさあ、お前ほ私より早く来ようとは思わないのか?」

「だって待つのイヤじゃん」

「……そういえばお前は脳みそまで筋肉だったな」

 カツカツとヒールの音を鳴らして女性が小走りにやって来た。ハイヒールは足の一部なのかと思わせるほどその足取りは軽い。

「ハァ、ハァ、ごめん! テレビの特集観てたら遅くなった。まだ余裕あるわよね?」

 同じく同期で名前をロズ・カーム。黒い瞳にピンクの髪が愛らしいが、少々荒っぽい性格の女性だ。テアとはアカデミー時代、同じクラスで席を並べていた女友達だ。

「特集ってゲームの?」

 テアがロズに尋ねた。横でジェイドが口を挟む。

「ああ、それなら俺も途中まで観てたぞ。ゲームとか最近やってないなあ」

 エルクも話に加わった。

「僕も友達と通信でロープレやってましたよ」

 ロズが呆れ顔で言う。

「ロープレ? あたしは断然シューティング系よ。ダンジョン攻略とかやってられるかっての」

 ジェイドが尽かさず茶々を入れる。

「まあロズならそうだろう。頭使わんで済むしな」

 ロズは黙ってジェイドの首を絞めに掛かる。テアはいつもの事と、溜め息を吐きながら歩き始めた。

 寮の門を出ると、目の前には比較的大きな公園がある。その道沿いにはスクールゾーンがあり、小学生が声を高らかに通学していた。

 毎朝顔を合わす子供達が、テアに手を振って挨拶を交わす。

「テアちゃんおはよう!」

「はい、おはよう」

 ひとりのヤンチャそうな男の子がテアの背中をポンっと叩いて挨拶をする。
 
「よっ、綺麗な兄ちゃんおはよう!」

 男の子はテアを見てはいつもそう呼んでいた。
 
「こらガキんちょ、その呼び方いい加減やめろよ」
 
「だって、間違ってないじゃん!」
 
 小走りに男の子がそばまでやって来て、テアの顔をジロジロと見て言った。
 
「マジで女みたいだな。キンタマついてっか?」

「えっ……!」

 かたわらで聞いていたロズとジェイドにエルクが一斉に吹き出した。
 
「ギャーハハハ! マジウケる! ヤバい!」
 
「ブアーッハハハ! 正解! 確かめたいよな!」

「アハハハハ! ああ、ダメだ、腹痛ぇー!」

 朝から軽快な笑い声が響く。
 下ネタは子供の得意分野と、半ば諦めムードのテアは、顔を赤くしながらも子供に叫んだ。
 
「余計な心配すんな! さっさと学校行け!」
 
 子供達は、ワーッと言いながら走って行った。
 そこへもうひとり、いつも顔を合わせては挨拶を交わす、金髪で青い瞳の学生が、クスクスと笑いながら立っていた。
 
「やあ、おはよう。君もなんか言いたいのか?」
 
 テア照れ臭そうに学生に話し掛けた。学生もまた笑いを堪えるのに必死の様子だ。
 
「ああ、ごめんなさい。子供は正直だなぁと思いまして、ククッ。あ、おはようございます」
 
「ホントにな。君も早く行けよ、遅刻するぞ」

 恥ずかしさもあってか、早く遠ざけたいテア。そんな顔のテアを、学生は愛おしそうに見詰める。
 すると学生は、意を決したかの様にテアに向かって歩き出した。
 
「……えっ?」

 テアは学生の行動にちょっと戸惑い、その場に立ち止まった。学生はテアのすぐ前で止まり、顔を近付けて耳元でささやいた。
 
「もう、待ちませんから。ここで逢うのは今日で最後です、ではまた」
 
 そうテアに耳打ちすると、学生は一歩下がり、全員の顔を見ながら――
 
「ランプ!」

 と謎の言葉を発して去って行った。
 ジェイドとエルクが唖然として立ち尽くす。そんなふたりを他所目に、ロズがテアに話し掛けた。
 
「彼なんて?」
 
 テアはあまり興味がないのか、他人事のように応えた。
 
「今日で最後だって、待たないからって――どういう意味だ?」
 
「へー、やるじゃん。結構いい男だったわよね、宣戦布告よ。こりゃ面白くなってきた。フフッ」
 
 ロズは怪しげな笑みを浮かべて学生を見送る。一方ジェイドは、学生の後ろ姿を真剣な眼差しで見ていた。まるで何か大きな不安要素を感じ取った、といった具合に。
 
「あ、ヤバいぞ! 遅刻する! 走れ!」
 
 テアの声に3人は振り返り、後を追って一緒に走り出した――
 

 "ランプ"とは――
 愛の告白宣言のこと。
 ここで使われる"ランプ"とは、高速道路の入り口付近のこと。正式名称をランプウェイという。
「ジャンクションを一緒に目指してください」
 という愛の告白だ。ちなみに、ジャンクションとは連結、結合、合流地点という意味。
 
"好き"や"付き合う"を暗号化することで、同性同士の告白を容易にするために、ある人物が考案したものである。

 補足として、この暗号はポリスアカデミー内のみで広まった伝説である。それを今も尚、学生達が活用しているということだ――

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