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競い合い
マクシムの混乱 3
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「ーーん、それは着替えか?」
しかし、淡い期待は簡単に打ち砕かれた。
「そういえば、誰かいたな。話し声が聞こえた。あの声はエステルだったか? エステルが着替えを持ってきてくれたのか?」
アルダシールが尋ねた瞬間、アシュレイの発する空気が凍りつく。
直前までは絆されそうな、弱々しさを孕んでいたのに。
空耳だろうけれど、ビシッと氷に亀裂が入ったような音まで聞こえた気がした。
「大した叡智だな。エステルには驚かされてばかりだ」
アルダシールからは分からないだろうが、マクシムの位置からはアシュレイの横顔が見える。
そこには、壮絶な怒りの感情が渦巻いていた。
何がアシュレイの癇に障ったのか、残念ながらマクシムは直感してしまった。
このタイミングでエステルの名を、不用意に連呼したのが失策だ。
しかも、アシュレイの前で浮気相手の女性を褒めるなんて。
下手を打つどころの話では済まない。
アシュレイは怒りのまま、バシッと手を払いのけ、脱兎の勢いで走り去る。
「あっ、何だ? アシュレイ!」
アシュレイは逃げる直前、わざわざ背面に蹴り込んだ。
不意打ちにも完璧に反応し、アルダシールは難なく躱す。だが、そのせいで追跡が一歩遅れた。
「おい、待て……!」
僅かな隙を突いて、アシュレイはあっという間に森へ姿を消す。
「陛下! お待ちください。どうか……!」
追おうとするアルダシールを押し留めたのは、隣で息を潜めていたはずのキャヴスだった。
「陛下、他国の騎士の分際で、出過ぎた発言だと重々承知しておりますが、申し上げます。此度の競い合い、どうにか棄権して頂くことはできないでしょうか」
キャヴスはマクシムよりも早く飛び出し、アルダシールの足元に跪いていた。
「キャヴス卿……だな? アシュレイを連れて来たのは其方か?」
アルダシールは一瞬、訝しげに眉を顰めたが、直ぐに状況を把握した。
「アシュレイ様は、陛下がエステル様とランドットへ同行されたと聞いて大変心を痛めていらっしゃいました。陛下を追ってランドットへ行きたいと願う気持ちを、どうして退けられましょうか」
キャヴスの進言はもっともだし、マクシムも可能ならそう諌めたかった。
しかし、それが最も非効率であるとも、アルダシールと旧知の中であるマクシムは承知していた。
アルダシールは迂回や婉曲を嫌い、いつでも最短の処理を望む。
できるのなら、既に実行している。
つまり、それができないと結論づけた上で、ここに至っているわけだ。
(まずい、ここで陛下の機嫌を損なうと、余計にややこしい事態に)
その発言の浅慮さに加え、キャヴスからはアシュレイに強く肩入れする感情がダダ漏れている。
アルダシールが不快にならない理由がない。
今や明君と英名を馳せるアルダシールだが、ああ見えてかなり嫉妬深い。
自分は他国の女性にうつつを抜かしておきながら、矛盾している……と非難したくはなるが、自分以外の男がアシュレイに特別な感情を抱くことすら見過ごさないだろう。
「アシュレイを連れて来たのはお前かと聞いている。理由など、聞いていない」
怒気を孕んだ声に、これ以上のタイミングを待っていられなかった。
しかし、淡い期待は簡単に打ち砕かれた。
「そういえば、誰かいたな。話し声が聞こえた。あの声はエステルだったか? エステルが着替えを持ってきてくれたのか?」
アルダシールが尋ねた瞬間、アシュレイの発する空気が凍りつく。
直前までは絆されそうな、弱々しさを孕んでいたのに。
空耳だろうけれど、ビシッと氷に亀裂が入ったような音まで聞こえた気がした。
「大した叡智だな。エステルには驚かされてばかりだ」
アルダシールからは分からないだろうが、マクシムの位置からはアシュレイの横顔が見える。
そこには、壮絶な怒りの感情が渦巻いていた。
何がアシュレイの癇に障ったのか、残念ながらマクシムは直感してしまった。
このタイミングでエステルの名を、不用意に連呼したのが失策だ。
しかも、アシュレイの前で浮気相手の女性を褒めるなんて。
下手を打つどころの話では済まない。
アシュレイは怒りのまま、バシッと手を払いのけ、脱兎の勢いで走り去る。
「あっ、何だ? アシュレイ!」
アシュレイは逃げる直前、わざわざ背面に蹴り込んだ。
不意打ちにも完璧に反応し、アルダシールは難なく躱す。だが、そのせいで追跡が一歩遅れた。
「おい、待て……!」
僅かな隙を突いて、アシュレイはあっという間に森へ姿を消す。
「陛下! お待ちください。どうか……!」
追おうとするアルダシールを押し留めたのは、隣で息を潜めていたはずのキャヴスだった。
「陛下、他国の騎士の分際で、出過ぎた発言だと重々承知しておりますが、申し上げます。此度の競い合い、どうにか棄権して頂くことはできないでしょうか」
キャヴスはマクシムよりも早く飛び出し、アルダシールの足元に跪いていた。
「キャヴス卿……だな? アシュレイを連れて来たのは其方か?」
アルダシールは一瞬、訝しげに眉を顰めたが、直ぐに状況を把握した。
「アシュレイ様は、陛下がエステル様とランドットへ同行されたと聞いて大変心を痛めていらっしゃいました。陛下を追ってランドットへ行きたいと願う気持ちを、どうして退けられましょうか」
キャヴスの進言はもっともだし、マクシムも可能ならそう諌めたかった。
しかし、それが最も非効率であるとも、アルダシールと旧知の中であるマクシムは承知していた。
アルダシールは迂回や婉曲を嫌い、いつでも最短の処理を望む。
できるのなら、既に実行している。
つまり、それができないと結論づけた上で、ここに至っているわけだ。
(まずい、ここで陛下の機嫌を損なうと、余計にややこしい事態に)
その発言の浅慮さに加え、キャヴスからはアシュレイに強く肩入れする感情がダダ漏れている。
アルダシールが不快にならない理由がない。
今や明君と英名を馳せるアルダシールだが、ああ見えてかなり嫉妬深い。
自分は他国の女性にうつつを抜かしておきながら、矛盾している……と非難したくはなるが、自分以外の男がアシュレイに特別な感情を抱くことすら見過ごさないだろう。
「アシュレイを連れて来たのはお前かと聞いている。理由など、聞いていない」
怒気を孕んだ声に、これ以上のタイミングを待っていられなかった。
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