上 下
182 / 207
競い合い

エステルの願い 1

しおりを挟む
「あ……」

 何となく気まずくなって、ユリウスは再び木陰へと身を潜めた。

 マクシムとキャヴスは、アシュレイの従者だ。

 自身の主人が危険に晒されるとわかっていたら、普通は諌め、思い留まらせるものだ。

 にもかかわらず、2人はアシュレイの暴挙を咎めずじっと見守っている。

 危険には至らないだろうと、信頼があるのだろうか。

 アシュレイは岸から上がり、蓮の雫を口に咥えてマスクの水を絞り、装着し直した。

(あ、服……まだ、3回目が残ってる)

 また移動があるのか、定かではないが、服が濡れたままでは体温を奪われる。

 衣類が肌に張り付けば、体型が誤魔化せない。

 着替えを取りに帰るなら、居住区まで戻らねばならないが……

 何か代わりになるものはないかと、ユリウスは周囲を見渡す。

 マクシムらも同様で、キャヴスは自身のマントを外そうと、結び目に手をかけている。

 しかし、キャヴスが自身の服を差し出すタイミングは訪れなかった。

 目の端で様子を見守っていたアシュレイは、競い合いに戻る道を探して周囲を見回していた。

 その途中、ある一点を見つめて動きを止める。

 困惑した表情の先に現れたのは、ユリウスもよく知る人物だった。

「エステル姫……、何故、ここに」

 耳には届かないが、アシュレイはきっとそう呟いたに違いない。

 そこには、しばらく行方をくらましていたエステルが立っていた。




 ***





 浮気相手が本妻の元を直談判に訪ねる。

 前世の記憶に、そんなドラマのシーンがあったかもしれない。

 驚きのあまり脳が現実逃避したのか、アシュレイの頭の中には現世と無関係な昼ドラのワンシーンが浮かんでいた。

 エステルは何のためにアシュレイの前に姿を現したのだろう。

(あっ、いけない。私、今声を出しちゃった)

 正体を隠して参加していたのに。

 エステルとユリウスは従姉弟だと聞いた。

 露見したら失格にさせられてしまう、と慌てて躱す策を考える。

「お待ちになって、アシュレイ様」

 しかし、逃げ道を探して目を泳がせたアシュレイを、エステルは止めた。

 右手を広げて、立ちはだかる。

「お召し物を持って参りました。お使いください」

 意表を突かれて足を止めると、目の前に衣類を差し出される。

 この間に、脳内では目まぐるしく思考が駆け巡った。

 初めは、ユリウスの名を騙る偽証を隠蔽せねばと、逃避の行動が先立った。

 だが、エステルは「アシュレイ」と呼んだ。

 しかも、着替えを持っている。

「何故なの? いつから私の正体を?」 

 最後には”なぜ”の2文字しか浮かばなくなり、素直にそのままを口にした。
しおりを挟む
感想 28

あなたにおすすめの小説

そう言うと思ってた

mios
恋愛
公爵令息のアランは馬鹿ではない。ちゃんとわかっていた。自分が夢中になっているアナスタシアが自分をそれほど好きでないことも、自分の婚約者であるカリナが自分を愛していることも。 ※いつものように視点がバラバラします。

旦那の真実の愛の相手がやってきた。今まで邪魔をしてしまっていた妻はお祝いにリボンもおつけします

暖夢 由
恋愛
「キュリール様、私カダール様と心から愛し合っておりますの。 いつ子を身ごもってもおかしくはありません。いえ、お腹には既に育っているかもしれません。 子を身ごもってからでは遅いのです。 あんな素晴らしい男性、キュリール様が手放せないのも頷けますが、カダール様のことを想うならどうか潔く身を引いてカダール様の幸せを願ってあげてください」 伯爵家にいきなりやってきた女(ナリッタ)はそういった。 女は小説を読むかのように旦那とのなれそめから今までの話を話した。 妻であるキュリールは彼女の存在を今日まで知らなかった。 だから恥じた。 「こんなにもあの人のことを愛してくださる方がいるのにそれを阻んでいたなんて私はなんて野暮なのかしら。 本当に恥ずかしい… 私は潔く身を引くことにしますわ………」 そう言って女がサインした書類を神殿にもっていくことにする。 「私もあなたたちの真実の愛の前には敵いそうもないもの。 私は急ぎ神殿にこの書類を持っていくわ。 手続きが終わり次第、あの人にあなたの元へ向かうように伝えるわ。 そうだわ、私からお祝いとしていくつか宝石をプレゼントさせて頂きたいの。リボンもお付けしていいかしら。可愛らしいあなたととてもよく合うと思うの」 こうして一つの夫婦の姿が形を変えていく。 --------------------------------------------- ※架空のお話です。 ※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。 ※現実世界とは異なりますのでご理解ください。

妹ばかりを贔屓し溺愛する婚約者にウンザリなので、わたしも辺境の大公様と婚約しちゃいます

新世界のウサギさん
恋愛
わたし、リエナは今日婚約者であるローウェンとデートをする予定だった。 ところが、いつになっても彼が現れる気配は無く、待ちぼうけを喰らう羽目になる。 「私はレイナが好きなんだ!」 それなりの誠実さが売りだった彼は突如としてわたしを捨て、妹のレイナにぞっこんになっていく。 こうなったら仕方ないので、わたしも前から繋がりがあった大公様と付き合うことにします!

結婚結婚煩いので、愛人持ちの幼馴染と偽装結婚してみた

夏菜しの
恋愛
 幼馴染のルーカスの態度は、年頃になっても相変わらず気安い。  彼のその変わらぬ態度のお陰で、周りから男女の仲だと勘違いされて、公爵令嬢エーデルトラウトの相手はなかなか決まらない。  そんな現状をヤキモキしているというのに、ルーカスの方は素知らぬ顔。  彼は思いのままに平民の娘と恋人関係を持っていた。  いっそそのまま結婚してくれれば、噂は間違いだったと知れるのに、あちらもやっぱり公爵家で、平民との結婚など許さんと反対されていた。  のらりくらりと躱すがもう限界。  いよいよ親が煩くなってきたころ、ルーカスがやってきて『偽装結婚しないか?』と提案された。  彼の愛人を黙認する代わりに、贅沢と自由が得られる。  これで煩く言われないとすると、悪くない提案じゃない?  エーデルトラウトは軽い気持ちでその提案に乗った。

モブですが、婚約者は私です。

伊月 慧
恋愛
 声高々に私の婚約者であられる王子様が婚約破棄を叫ぶ。隣に震える男爵令嬢を抱き寄せて。  婚約破棄されたのは同年代の令嬢をまとめる、アスラーナ。私の親友でもある。そんな彼女が目を丸めるのと同時に、私も目を丸めた。  待ってください。貴方の婚約者はアスラーナではなく、貴方がモブ認定している私です。 新しい風を吹かせてみたくなりました。 なんかよく有りそうな感じの話で申し訳ございません。

【完結】私は側妃ですか? だったら婚約破棄します

hikari
恋愛
レガローグ王国の王太子、アンドリューに突如として「側妃にする」と言われたキャサリン。一緒にいたのはアトキンス男爵令嬢のイザベラだった。 キャサリンは婚約破棄を告げ、護衛のエドワードと侍女のエスターと共に実家へと帰る。そして、魔法使いに弟子入りする。 その後、モナール帝国がレガローグに侵攻する話が上がる。実はエドワードはモナール帝国のスパイだった。後に、エドワードはモナール帝国の第一皇子ヴァレンティンを紹介する。 ※ざまあの回には★がついています。

混血の私が純血主義の竜人王子の番なわけない

三国つかさ
恋愛
竜人たちが通う学園で、竜人の王子であるレクスをひと目見た瞬間から恋に落ちてしまった混血の少女エステル。好き過ぎて狂ってしまいそうだけど、分不相応なので必死に隠すことにした。一方のレクスは涼しい顔をしているが、純血なので実は番に対する感情は混血のエステルより何倍も深いのだった。

旦那様、離縁の申し出承りますわ

ブラウン
恋愛
「すまない、私はクララと生涯を共に生きていきたい。離縁してくれ」 大富豪 伯爵令嬢のケイトリン。 領地が災害に遭い、若くして侯爵当主なったロイドを幼少の頃より思いを寄せていたケイトリン。ロイド様を助けるため、性急な結婚を敢行。その為、旦那様は平民の女性に癒しを求めてしまった。この国はルメニエール信仰。一夫一妻。婚姻前の男女の行為禁止、婚姻中の不貞行為禁止の厳しい規律がある。旦那様は平民の女性と結婚したいがため、ケイトリンンに離縁を申し出てきた。 旦那様を愛しているがため、旦那様の領地のために、身を粉にして働いてきたケイトリン。 その後、階段から足を踏み外し、前世の記憶を思い出した私。 離縁に応じましょう!未練なし!どうぞ愛する方と結婚し末永くお幸せに! *女性軽視の言葉が一部あります(すみません)

処理中です...