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新しい国
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前にも似たような出来事があった。
まだ、出会って間もない頃、泉で水浴びをしていたアシュレイを思い出す。
アミールに衣服を隠されて、覗くなと怒られた。
「いや、今は目を醒まさなくて良かったなと。どれだけ詰られるか知れん」
「まあ! 詰るだなんて、お嬢様がですか?」
「そいつは、気の強いお嬢様だからな」
アルダシールがお道化ると、女性もふっと相好を崩した。
こんな時でも笑える自分にほっとした。
ああ、いよいよもって、アシュレイと話したい。
「……それって、誰の話……?」
突如、小さな鈴が転がるような細やかな声が囁き、2人はギョッとして顔を見合わせた。
「アシュレイ……気が付いたのか?」
「お嬢様!」
アルダシールは咄嗟に駆け寄りそうになるが、アシュレイが何も身につけていないと思い留まる。
ここで見境なく乱入すれば、この先一生軽蔑されること請け合いだ。
アルダシールは、衝立の陰からそっと見守った。
「お嬢様! ああ、良かった……」
女性は手拭を持って駆け寄ってくるや、アシュレイの頬にそっと充てる。
「今、お体を清めるところだったのですよ。ご加減はいかがですか?」
「あちこち痛いけど、大丈夫よ。……手当てをしてくれたのはあなた?」
「はい。診察してくださったのはコニール医師ですが……」
「ありがとうございます。アルダ、いるのよね? どこ?」
アシュレイは身体を動かし、アルダシールを探そうとした。
だが、どこか痛むらしい。眉を顰めて動きを止めた。
「ここにいる。アシュレイ……!」
常識から外れてしまうのだろうが、もう関係ない。
アルダシールは堪えきれず、衝立から飛び出すと、アシュレイの脇へ膝を突いた。
「すまなかった、アシュレイ。俺のために、苦労を掛けた……!」
抱き締めたいところだが、痛めている身体に無体は働けない。
アルダシールはアシュレイの手を握り、心を尽くして詫びた。
自身の未熟さが、アシュレイの危機を招いた。
「いいえ、私がしたくてしたのよ。貴方に何かあったら、嫌だったから。あそこで貴方が困っているような気がしたの……」
アシュレイは、さも当然そうに、淡々と呟く。
「ありがとう。でも、もう二度とするな。俺だって、お前に万一があれば耐えられない……!」
「アルダ……」
アルダシールは自分でも驚くほど、素直に心の内を吐露していた。
取った手の甲に、唇を押し当てる。
「あ……あのですね」
女性は2人の仲睦まじい様子にあてられてか、頬を赤らめつつ、口を挟んだ。
「大変心苦しいのですが、続きはお身体を清めてからにしていただいてよろしいでしょうか……!? このようなお姿では、お嬢様も、その」
アシュレイの意向も絡んでいるから、言葉選びに苦労しているようだ。
「あ、ああ――そうだった」
アルダシールは我に返ると、アシュレイの手を離した。
アシュレイも自身の状態に思い至り、居心地悪そうに身を縮こませた。
「ごめんなさい、こんな格好だとは。着替えるまで、待ってもらえる……?」
「勿論だ。いくらでも待つ」
息はあっても、意識が戻るまでは不安が尽きなかった。
こうして、会話ができるほど状態が安定しているとわかれば、一先ずは安心できる。
「お気持ちはわかりますが、殿下も決して軽症ではないことを忘れないで下さい。どうか、安静にしていてくださいね」
念を押すような女性の言葉に、アルダシールは素直に頷いた。
元居た位置まで下がって腰を落ち着ければ、腹部の包帯から滲む血が見えた。
後先を考えずに動いたせいだ。
壁に背を預けて、深く呼吸する。
アシュレイが支度をしている間に、少しだけ休もう。
そう決めて、アルダシールは瞼を閉じた。
ほんの少し、休息をとるだけのつもりだったのに、次に目を覚ました時には、夕暮れを迎えようとしていた。
まだ、出会って間もない頃、泉で水浴びをしていたアシュレイを思い出す。
アミールに衣服を隠されて、覗くなと怒られた。
「いや、今は目を醒まさなくて良かったなと。どれだけ詰られるか知れん」
「まあ! 詰るだなんて、お嬢様がですか?」
「そいつは、気の強いお嬢様だからな」
アルダシールがお道化ると、女性もふっと相好を崩した。
こんな時でも笑える自分にほっとした。
ああ、いよいよもって、アシュレイと話したい。
「……それって、誰の話……?」
突如、小さな鈴が転がるような細やかな声が囁き、2人はギョッとして顔を見合わせた。
「アシュレイ……気が付いたのか?」
「お嬢様!」
アルダシールは咄嗟に駆け寄りそうになるが、アシュレイが何も身につけていないと思い留まる。
ここで見境なく乱入すれば、この先一生軽蔑されること請け合いだ。
アルダシールは、衝立の陰からそっと見守った。
「お嬢様! ああ、良かった……」
女性は手拭を持って駆け寄ってくるや、アシュレイの頬にそっと充てる。
「今、お体を清めるところだったのですよ。ご加減はいかがですか?」
「あちこち痛いけど、大丈夫よ。……手当てをしてくれたのはあなた?」
「はい。診察してくださったのはコニール医師ですが……」
「ありがとうございます。アルダ、いるのよね? どこ?」
アシュレイは身体を動かし、アルダシールを探そうとした。
だが、どこか痛むらしい。眉を顰めて動きを止めた。
「ここにいる。アシュレイ……!」
常識から外れてしまうのだろうが、もう関係ない。
アルダシールは堪えきれず、衝立から飛び出すと、アシュレイの脇へ膝を突いた。
「すまなかった、アシュレイ。俺のために、苦労を掛けた……!」
抱き締めたいところだが、痛めている身体に無体は働けない。
アルダシールはアシュレイの手を握り、心を尽くして詫びた。
自身の未熟さが、アシュレイの危機を招いた。
「いいえ、私がしたくてしたのよ。貴方に何かあったら、嫌だったから。あそこで貴方が困っているような気がしたの……」
アシュレイは、さも当然そうに、淡々と呟く。
「ありがとう。でも、もう二度とするな。俺だって、お前に万一があれば耐えられない……!」
「アルダ……」
アルダシールは自分でも驚くほど、素直に心の内を吐露していた。
取った手の甲に、唇を押し当てる。
「あ……あのですね」
女性は2人の仲睦まじい様子にあてられてか、頬を赤らめつつ、口を挟んだ。
「大変心苦しいのですが、続きはお身体を清めてからにしていただいてよろしいでしょうか……!? このようなお姿では、お嬢様も、その」
アシュレイの意向も絡んでいるから、言葉選びに苦労しているようだ。
「あ、ああ――そうだった」
アルダシールは我に返ると、アシュレイの手を離した。
アシュレイも自身の状態に思い至り、居心地悪そうに身を縮こませた。
「ごめんなさい、こんな格好だとは。着替えるまで、待ってもらえる……?」
「勿論だ。いくらでも待つ」
息はあっても、意識が戻るまでは不安が尽きなかった。
こうして、会話ができるほど状態が安定しているとわかれば、一先ずは安心できる。
「お気持ちはわかりますが、殿下も決して軽症ではないことを忘れないで下さい。どうか、安静にしていてくださいね」
念を押すような女性の言葉に、アルダシールは素直に頷いた。
元居た位置まで下がって腰を落ち着ければ、腹部の包帯から滲む血が見えた。
後先を考えずに動いたせいだ。
壁に背を預けて、深く呼吸する。
アシュレイが支度をしている間に、少しだけ休もう。
そう決めて、アルダシールは瞼を閉じた。
ほんの少し、休息をとるだけのつもりだったのに、次に目を覚ました時には、夕暮れを迎えようとしていた。
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