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新しい国
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床にへばりつくと、もう、アシュレイは身動き一つ取れなかった。
唯一の救いは、身体の密着によってアルダシールの呼気を感じられたことだ。
弱々しいものではあるが、胸が上下している。
(良かった。息してる……でも)
ぶわっとアシュレイの瞳から涙が流れる。
せっかく、助けられると思ったのに。
「悔しいわ、アルダ……助けられなくて」
アシュレイは藻掻きに藻掻いて、アルダシールの下から這い出た。
そのまま、折り重なるようにして、アルダシールの身体に覆いかぶさる。
「は、ぁ……」
今度こそ、これで力尽きた。
……焼けるなら、私が先に。
既に火災に気づいた者たちが、塔に集結しつつあった。
少しでも生き長らえれば、救助が駆けつけるまで間に合う可能性もある。
それに建物自体は堅牢な石造りだ。
室内にある可燃物が燃え尽きれば或いは……。
ほとんど願望に近いけれど、希望があるなら、縋りたい。
(私、今度はここで死んじゃうんだ……)
煙に燻されるのも馬鹿らしくて、アシュレイは目を閉じた。
閉じた瞼から、とめどなく涙が流れる。
生を諦めたくはないのに、もう、心身共に限界を迎えていた。
前世の死はあっという間でほぼ即死だった。
なのに、今回は何と死に際の長いことか。
未練が募って、仕方がない。
炎がバチリと爆ぜる中に、メリメリと崩落を予感させる音が混じる。
しかしそれらは、徐々に遠ざかり、アシュレイの与り知らぬ遠い世界で奏でられる子守唄のように感じられた。
苦痛も消え失せ、身体は羽毛のように軽くなる。
軽くなって、ふわりと浮き上がったと錯覚するほどだ。
「すまない。また、泣かせたな」
低く落ち着いた声音が、子守唄に混じって天から舞い降りた。
だが、瞼を持ち上げる力もない。
そのまま意識は、真白な世界へ呑み込まれた。
***
時間にしてどれくらいだったのか、覚えていない。
だがあの時、アルダシールは、カルフォードを打ち倒し、謁見の間に火をつけた。
出口を塞ぐため扉に背を預け、タヒルの挙動を見守っていた。
心は行き場のない怒りと虚無、相反する感情で満たされていた。
タヒルは憎き怨敵であるし、この国を混沌に陥れようとした主犯だ。
処刑を躊躇う理由もない。
気に入らぬ者は全員殺してしまおうと決め、キュロスとカルフォードの2人を斬り捨てた。
それなのに、タヒルを前にして決意が鈍った。
碌に抵抗もできない女を剣の錆とするのは、アルダシールの騎士道に反したからだ。
こんな女に騎士道も倫理もない。
承知しているからこそ馬鹿らしく、自分が余計に滑稽に思えた。
だから、選ばせた。
「俺を殺してここから出るか。火に呑まれて息子と共に焼け死ぬか」
アルダシールは丸腰で、傷を負っている。
しかし、タヒルが長剣を用いて斬りかかったとしても、アルダシールは負けないだろう。
怒りに侵されていながらも、この提案を持ち掛けた時点で、我慢比べになるだろうと無意識で予想していた。
アルダシールが扉の前から一歩も引かない姿を見て取ると、タヒルは悪罵を浴びせながら、剣を取った。
唯一の救いは、身体の密着によってアルダシールの呼気を感じられたことだ。
弱々しいものではあるが、胸が上下している。
(良かった。息してる……でも)
ぶわっとアシュレイの瞳から涙が流れる。
せっかく、助けられると思ったのに。
「悔しいわ、アルダ……助けられなくて」
アシュレイは藻掻きに藻掻いて、アルダシールの下から這い出た。
そのまま、折り重なるようにして、アルダシールの身体に覆いかぶさる。
「は、ぁ……」
今度こそ、これで力尽きた。
……焼けるなら、私が先に。
既に火災に気づいた者たちが、塔に集結しつつあった。
少しでも生き長らえれば、救助が駆けつけるまで間に合う可能性もある。
それに建物自体は堅牢な石造りだ。
室内にある可燃物が燃え尽きれば或いは……。
ほとんど願望に近いけれど、希望があるなら、縋りたい。
(私、今度はここで死んじゃうんだ……)
煙に燻されるのも馬鹿らしくて、アシュレイは目を閉じた。
閉じた瞼から、とめどなく涙が流れる。
生を諦めたくはないのに、もう、心身共に限界を迎えていた。
前世の死はあっという間でほぼ即死だった。
なのに、今回は何と死に際の長いことか。
未練が募って、仕方がない。
炎がバチリと爆ぜる中に、メリメリと崩落を予感させる音が混じる。
しかしそれらは、徐々に遠ざかり、アシュレイの与り知らぬ遠い世界で奏でられる子守唄のように感じられた。
苦痛も消え失せ、身体は羽毛のように軽くなる。
軽くなって、ふわりと浮き上がったと錯覚するほどだ。
「すまない。また、泣かせたな」
低く落ち着いた声音が、子守唄に混じって天から舞い降りた。
だが、瞼を持ち上げる力もない。
そのまま意識は、真白な世界へ呑み込まれた。
***
時間にしてどれくらいだったのか、覚えていない。
だがあの時、アルダシールは、カルフォードを打ち倒し、謁見の間に火をつけた。
出口を塞ぐため扉に背を預け、タヒルの挙動を見守っていた。
心は行き場のない怒りと虚無、相反する感情で満たされていた。
タヒルは憎き怨敵であるし、この国を混沌に陥れようとした主犯だ。
処刑を躊躇う理由もない。
気に入らぬ者は全員殺してしまおうと決め、キュロスとカルフォードの2人を斬り捨てた。
それなのに、タヒルを前にして決意が鈍った。
碌に抵抗もできない女を剣の錆とするのは、アルダシールの騎士道に反したからだ。
こんな女に騎士道も倫理もない。
承知しているからこそ馬鹿らしく、自分が余計に滑稽に思えた。
だから、選ばせた。
「俺を殺してここから出るか。火に呑まれて息子と共に焼け死ぬか」
アルダシールは丸腰で、傷を負っている。
しかし、タヒルが長剣を用いて斬りかかったとしても、アルダシールは負けないだろう。
怒りに侵されていながらも、この提案を持ち掛けた時点で、我慢比べになるだろうと無意識で予想していた。
アルダシールが扉の前から一歩も引かない姿を見て取ると、タヒルは悪罵を浴びせながら、剣を取った。
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