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開戦
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「キュロス殿下より託った言伝です」
ザイードは跪き、緊張で乾いた唇を軽く舐めて湿らせてから、キュロスの言葉を代弁した。
「兄上も既に承知の上かと思われますが、母は王位を私に移譲せんがために、とうとう正気を失いました。薬物で父上を壊し、この度は和睦を口実に兄上を暗殺せよと、私に命じました。しかし、今この時に立ち、器に余る権力は身を亡ぼすと理解しております。私には全てを失う覚悟などありません。どうか血を同じくする者として、情けを頂けないでしょうか」
「……正気でないのはお前の主のようだな。そんな伝言のために命をかけさせられたお前の気が知れない」
沸き起こりそうになった激情を、グッと奥歯を噛みしめて堪える。
細く息を吐き出してから、アルダシールは返答の代わりに、皮肉を放った。
キュロスの保身に塗れた嘆願は、呆れを通り越して一種の感心にさえ至る。
――ただし、本心だとすればだ。
タヒルやカルフォード、はたまた他の誰かの入れ知恵か。誰に影響された伝言か知れたものではない。
「殿下のご意見もごもっともですが、どうぞ、最後までお聞きください」
「何と言われようと答えは変わらないが、好きにしろ」
「私の偽りのない心の証として、約束の刻限に、父を謁見の間に連れて参ります。母は避難の形を取りこのザイードに申し付けて引き離す予定でおります。ご納得頂けたら、その後寛大な処置をお取り頂けますよう、切にお願い致します……」
ザイードは腰を折り、アルダシールの前に首を垂れた。
自分にだけ、処断に手心を加えろと、要約するとそんなところか。
「どこまでが正気か知らんが、一切応じる気はない。戻ったら、そう伝えろ」
「道理に反すると、分かっては下ります。ですが、そこを曲げてどうか、良い返事を……!」
「お前なら承知しているはずだ。信用ならない相手とは、どのような約束も成立しない。よって、予告通り明朝の夜明けより1時間後に、攻撃を開始する」
幕舎の中には使者のザイードの他アルダシールと、ギルフォード、リックの2人が立ち合っていた。
ギルフォードとリックは黙っているものの、静かに憤慨している。
ここまで厚顔無恥な助命嘆願は聞いたことがない。
通常の感性を持っているなら、ザイードにとっても屈辱であるはずだ。
「話は以上だ。……戻らねばここで斬る。お前も騎士なら、せめて戦って死ね」
アルダシールはザイードに冷たく言い放った。
「……承知、致しました」
ザイードは項垂れながら、小さく答えた。
そうしてザイードを追い返してからおよそ10時間が過ぎた。
キュロスやタヒル、奴らが本心で何を企んでいるのかで心を乱す必要などもう、どこにもない。
ただ、すべき行いを粛々と果たすだけだ。
ザイードは跪き、緊張で乾いた唇を軽く舐めて湿らせてから、キュロスの言葉を代弁した。
「兄上も既に承知の上かと思われますが、母は王位を私に移譲せんがために、とうとう正気を失いました。薬物で父上を壊し、この度は和睦を口実に兄上を暗殺せよと、私に命じました。しかし、今この時に立ち、器に余る権力は身を亡ぼすと理解しております。私には全てを失う覚悟などありません。どうか血を同じくする者として、情けを頂けないでしょうか」
「……正気でないのはお前の主のようだな。そんな伝言のために命をかけさせられたお前の気が知れない」
沸き起こりそうになった激情を、グッと奥歯を噛みしめて堪える。
細く息を吐き出してから、アルダシールは返答の代わりに、皮肉を放った。
キュロスの保身に塗れた嘆願は、呆れを通り越して一種の感心にさえ至る。
――ただし、本心だとすればだ。
タヒルやカルフォード、はたまた他の誰かの入れ知恵か。誰に影響された伝言か知れたものではない。
「殿下のご意見もごもっともですが、どうぞ、最後までお聞きください」
「何と言われようと答えは変わらないが、好きにしろ」
「私の偽りのない心の証として、約束の刻限に、父を謁見の間に連れて参ります。母は避難の形を取りこのザイードに申し付けて引き離す予定でおります。ご納得頂けたら、その後寛大な処置をお取り頂けますよう、切にお願い致します……」
ザイードは腰を折り、アルダシールの前に首を垂れた。
自分にだけ、処断に手心を加えろと、要約するとそんなところか。
「どこまでが正気か知らんが、一切応じる気はない。戻ったら、そう伝えろ」
「道理に反すると、分かっては下ります。ですが、そこを曲げてどうか、良い返事を……!」
「お前なら承知しているはずだ。信用ならない相手とは、どのような約束も成立しない。よって、予告通り明朝の夜明けより1時間後に、攻撃を開始する」
幕舎の中には使者のザイードの他アルダシールと、ギルフォード、リックの2人が立ち合っていた。
ギルフォードとリックは黙っているものの、静かに憤慨している。
ここまで厚顔無恥な助命嘆願は聞いたことがない。
通常の感性を持っているなら、ザイードにとっても屈辱であるはずだ。
「話は以上だ。……戻らねばここで斬る。お前も騎士なら、せめて戦って死ね」
アルダシールはザイードに冷たく言い放った。
「……承知、致しました」
ザイードは項垂れながら、小さく答えた。
そうしてザイードを追い返してからおよそ10時間が過ぎた。
キュロスやタヒル、奴らが本心で何を企んでいるのかで心を乱す必要などもう、どこにもない。
ただ、すべき行いを粛々と果たすだけだ。
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