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火蓋

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 口を挟んできたアルダシールが、飲み終わったカップをソーサーに戻す。

「隠しても仕方がない。アシュレイなら他言すまい。国王陛下はタヒル以外の意見を受け入れない。俺の姿を見ようものなら唾棄する勢いだ」

「アルダ様!」

 マクシムは慌てた様子で、声を潜める。

 父親を、そんな風に言うなんていけないわ……。

 普通の令嬢なら、そう言って諫めるところだろう。

 だが、アシュレイには伝わった。

 アラウァリア王の行動が、どれだけの打撃をアルダシールに与えたのか。

 アルダシールは心底呆れたように、息を吐いたが、俯いている表情までは読み取れない。

「あの男は今や、タヒルの作ったお花畑で、女子と戯れるだけの猿だ。自らの手で夫を女の沼に沈められるのだから、あの女もまともな神経でない。だが、困ったことに国家の舵はあの女の手中に収まりつつある」

 話を聞く限り、国王陛下はもう、まともな精神状態でないと判断できる。

「言葉は乱暴ですが……端的に申し上げると、今、我が国はそのような状況です。アルダシール殿下は監視の目を掻い潜りながら、王妃に対抗する勢力を集めておいででした」

 マクシムは申し訳なさそうに、アルダシールの補足をした。

「王妃は俺を排斥して、キュロスを国王に据えたがっている。俺は正直、国王などなりたい者がなれば良いと思うのだがな。奴は旧臣たちにはすこぶる評判が悪い。こんな俺でもキュロスよりはましなんだそうだ」

「そのお言葉には語弊があります。このように仰っていますが、殿下は先見に秀でた聡明な王子です。この国を正しき道へ導けるのは、アルダシール殿下を置いて他にいらっしゃらないでしょう」

 話題が逸れるにもかかわらず、マクシムはアルダシールを支持すべく鼻息を荒くした。

 一目見ただけで、人を判断することなどできない。

 だが、林の中で邂逅したキュロスはお世辞にも賢そうには見えなかった。

 鍛錬とはほど遠そうな、丸々とした輪郭に、幼稚な口調。

 あの男と比べれば、まだアシュレイの異母弟らのほうがましに思える。

「かくいう私も、殿下に救われた一人です。我がべリングバリ家は、代々傭兵業で身を立てておりましたが、父の代で新興の事業を興しました。この牧場の経営もその一つです。幸い事業は成功し、爵位を得たところまでは良かったのですが、教養のない田舎者と、社交界でつま弾きにされていたのです」

 アシュレイは頷き、先を促した。

「見かねた殿下は、私に王宮騎士団への士官を勧めてくださいました。お陰で王子付きの侍従騎士にまでなることができ、べリングバリ家を粗略に扱う者はいなくなったのです」

「当時はまだ、それくらいの発言権があったからな。だが、推挙しただけだ。お前に素養があったに過ぎない」

 アルダシールは、つまらなさそうに吐き捨てて、話の流れを断ち切った。
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