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予感

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 アルダが名前を呼ぶなんて、珍しい……。

 いつも「お前」ばかりだったから、名前を呼んでもらえて、思いの他嬉しい。

 一瞬、現実逃避の一種か思考が逸れた。

 気付いた時にはただでさえ至近の距離だったものが、ほぼゼロに縮まっていた。

 アルダの目が伏せられて、唇に柔らかな感触が降る。

 アルダの唇が、アシュレイのそれに触れていた。

(えっ……!)

 あまりに突然で、驚きに目を見開いたまま固まった。

 時間が止まったかのようだった。

(え? 何?)

 一度目を瞬くと、そうっと離れたアルダの顔は、まだ、目と鼻の先にある。

(今、……触れたの? まさか、アルダは今)

 私にキスをしたの……?

 理解が追い付いて、一気に顔に熱が集まる。

 心臓がバクバクと音を立てる。顔だけでなく、熱が全身に延焼する。

「な、なんで……」

「嫌か? 俺と一緒に逃げるのは……?」

 息も絶え絶えに疑問を投げかけたが、アルダは探るような、何かを請うような眼差しを向けるだけで、アシュレイの問いには答えない。

 バランスを失って、うっかり唇が触れた。

 アルダに限って、そんなミスはしそうにないが、無きにしも非ずだ。

 でももしミスではなく、故意にキスをしたなら? その理由を求めるのは当然の要求だ。

「や……じゃ、ない。でも、それとこれは――」

 問われて瞬時に胸を過った本心は、自分にとっても意外なものだった。

 一緒に逃げるのは、嫌じゃない。

 アルダと過ごした時間は僅か2日ばかり。事あるごとに意地悪を言うし、態度は横柄だけど……。

 それでもアルダと一緒に過ごす時間は、不快ではなかった。

 寧ろ、楽しいとすら感じていた。

 だから、日陰者に身をやつしても、2人で逃亡する生活もきっと楽しめる。

(いや、そうじゃないでしょ。アルダまで、逃亡生活に巻き込んだら、駄目よ)

 楽しいからいい、では済まされない。

 アルダは駄目だと断らなければ。

 いや、違う。そもそも、どうしてアルダは一緒に逃げるなんて言い出したのだ。

 アシュレイを手放したくないとも言った。

 その上でキスをしたなら、それは……ひょっとして。

(理由を、アルダの口から直接聞きたい)

 突き上げるような動悸は徐々に、胸の高鳴りに変わっていた。

 理由があったところで、一緒には逃げられない。

 その点は決まり切っているのに、訳を聞かせて欲しかった。

「なんで……したの?」

 訳を知りたいのに、尋ねる声が震えた。

 肝心な単語が、気恥ずかしさで出てこない。

 目も合わせられず、俯いてしまう。

 どんな答えを期待しているのか。アシュレイ自身も、自分で自分を疑いたくなる。

 無意識に拳を握り締めて待つが、回答はもたらされなかった。

「……おかしい。臭うな」

 なぜ、したの? に対して、おかしい、臭うな。

 この返答は明らかにおかしい。

 予想しえない返事なので、聞き間違いかと耳を疑った。
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