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予感

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「冷めないうちに腹ごしらえをしよう。すぐ傍に、丁度いい洞穴ほらあながある」

 アルダはぐるりと馬頭を巡らせる。

 移動は、ものの数分で済んだ。

 洞の入口に、布を敷いて腰を下ろした。

「ほら。好きなだけ食べろ」

 渡された荷を解くと、中から出てきたのは、まだほんのり湯気の上がる、白パンだった。

 それだけではない。

 バゲットサンドにはハムとチーズ、それに葉野菜を挟んだもの。

 重ねた葉の包みには先ほどのソーセージに、豆の煮物、揚げたバナナ、その他にもカットされたフルーツの包みまであった。

「うわぁ……何これ! こんなに沢山!?」

 2人ではとても食べきれない量に、目を丸くした。

 膝に乗り切らない分をそっと布に並べる。

 どれもアシュレイが「美味しそう!」と見惚れていたものばかりだ。

 料理のチョイスや量、アシュレイの居ぬまの行動に、アルダの気遣いが垣間見える気がして、胸が詰まる。

 意地悪と皮肉に腹を立ててばかりだったが、それらはアルダの照れ隠しなんじゃないか。

 そんな気までしてきた。

 最後に、包みの一番下から、大きな丸い塊が2つ出て来た。

「一番下のはココナッツだ。自分で殻を割ってみるか?」

 アルダはローブの合わせに手を入れると、短剣を取り出す。

 以前アシュレイの縄を切った時と、同じ短剣だ。

「……」

 しかし、アシュレイは受け取ることも、拒否することもできなかった。

「どうした? 今は要らないのか? できないだけならやってやろうか」

「これ……私のために買ってくれたの? こんなに? 私、何も返せないのに……」

 アルダの気持ちは嬉しかった。

 だけど、嬉しいと思う心と比例して、自分が何も持たない事実を突きつけられる。

 アルダの二心を疑っているわけでもない。

 短い付き合いだが、何か見返りを求めているのではないとわかる。

 だからこそ、こんな風にしてもらう理由がない。

 人目を避けて、買い物までさせてくれて。

 それに……

「こんな……、高かったでしょう? どうして」

「なんだ、金の心配か」

 アルダは呆れたように息を漏らす。

「そんなもの気にせず、人から施しを受けたら素直に貰っておけ」

「アルダの気持ちはとっても嬉しい。でも、気にするわよ。アルダのお家は、貧しいんでしょう?」

 アシュレイは好意を素直に受け取れない、心苦しさを感じながらも訴えた。

「は」と、アルダはぽかんと口を開けた。

 何を言われているのか、ピンときていない表情だ。

「貧しい。俺が……?」

「失礼だけど、没落貴族だって……言ったじゃない。貴方が犯罪に手を染めなきゃいけないほど、苦しいんでしょ? 私を売らないから、損も抱えてるはずよ」

 アシュレイは誠実に、誠意を込めて、アルダを説得しようと努める。

 しかし、アルダは急に納得したように頷くと、笑い出した。
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