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政略結婚!?

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「頭の後ろで縛れ」

(随分な念の入れようね……)

 アシュレイの拘束に両手を使っては、その間に抵抗される想定なのか。

 訝しむ気持ちで男をねめつけつつ、刃が皮膚に当たらぬようゆっくりと体を起こす。

 男は刃を突き付けたまま、アシュレイに合わせて上体を上げる。

 起き上がると被っていたフードがずれて、金色の光が夜闇に浮かんだ。

 アシュレイは思わず、息を吞む。

 黄金色は男の瞳の色だった。

 落ちた影が瞳を縁取る睫毛の豊かさを物語っている。その下には金色をした猫のように優美な瞳がある。

 だが、瞳には獰猛な獣の光が宿っており、アシュレイは魅入られ、同時に慄いた。

(何て鋭い瞳。まるでライオンみたい……)

 目を逸らせない。

 ベッドについた指先が震え始め、ドキドキと心臓が動悸を早めた。胸が苦しくなるような沈黙だ。

「早くしろ」

 男のほうが焦れて、目を襤褸切れに落とすと、やっと、アシュレイも呼吸を再開した。

 息を呑んだついでに、止めてしまったらしい。

 ふーっと息を吐き、覚悟を決めて自らの口を布で覆った。

 自分の行動なので、それなりの加減が可能なのは有難い。

 アシュレイが布を巻き終えるや否や、男は目にも止まらぬ手捌きで、アシュレイの手首を拘束した。

「……っ!」

 そこまでしなくても。そう思ってももう声が出せない。

 流れる動作でアシュレイの胴を攫うと、窓の外へひらりと身を投げ出した。

 全身を浮遊感が包む。

 なのにほとんど恐怖を感じないのは、動作の全てが安定しているからだ。

 胴に回された腕は筋骨隆々として、寸分も緩まない。

 引き寄せられて、背が密着した胸板からも、鍛え上げられた体躯が伝わる。

 男は侵入に使ったであろうロープをするすると伝い降り、直下に置いてあった樽の影に身を隠した。

 宿の周囲には等間隔の見張りが立つはずだった。

 だが、村長の振る舞い酒の影響か、その間隔はまばらになっている。

 アシュレイから見える松明の灯りは2つ。

 使用していたのが角部屋だったので、直ぐ背後の向こう側には、まだ複数いるかもしれない。

 夜の闇は未だ深い。樽の影にいる限りは、見咎められることもあるまい。

 しかし、ずっとここに留まっていればいつかは見つかる。

 どうするつもりなのかと、アシュレイは気を揉んだ。

 抵抗する気など、微塵もない。

 アシュレイが自らの依頼で、アシュレイ自身を誘拐させている。

 対価は母から譲り受けた金の櫛だった。

 母が嫁入り道具として持参した貴重なものだと聞いている。

 母セディナだけはアシュレイを宝玉のように愛し、慈しんでくれた。

 だからアシュレイは前世も今世も含めて、たった一人の母を大切に想っていた。

 大好きな女性からもらった大切な宝だったから、アシュレイは全力で隠し通した。

 キューベルルに知られれば、何やかやと理由をつけて巻き上げられていただろう。
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