7 / 207
政略結婚!?
7
しおりを挟む
「頭の後ろで縛れ」
(随分な念の入れようね……)
アシュレイの拘束に両手を使っては、その間に抵抗される想定なのか。
訝しむ気持ちで男をねめつけつつ、刃が皮膚に当たらぬようゆっくりと体を起こす。
男は刃を突き付けたまま、アシュレイに合わせて上体を上げる。
起き上がると被っていたフードがずれて、金色の光が夜闇に浮かんだ。
アシュレイは思わず、息を吞む。
黄金色は男の瞳の色だった。
落ちた影が瞳を縁取る睫毛の豊かさを物語っている。その下には金色をした猫のように優美な瞳がある。
だが、瞳には獰猛な獣の光が宿っており、アシュレイは魅入られ、同時に慄いた。
(何て鋭い瞳。まるでライオンみたい……)
目を逸らせない。
ベッドについた指先が震え始め、ドキドキと心臓が動悸を早めた。胸が苦しくなるような沈黙だ。
「早くしろ」
男のほうが焦れて、目を襤褸切れに落とすと、やっと、アシュレイも呼吸を再開した。
息を呑んだついでに、止めてしまったらしい。
ふーっと息を吐き、覚悟を決めて自らの口を布で覆った。
自分の行動なので、それなりの加減が可能なのは有難い。
アシュレイが布を巻き終えるや否や、男は目にも止まらぬ手捌きで、アシュレイの手首を拘束した。
「……っ!」
そこまでしなくても。そう思ってももう声が出せない。
流れる動作でアシュレイの胴を攫うと、窓の外へひらりと身を投げ出した。
全身を浮遊感が包む。
なのにほとんど恐怖を感じないのは、動作の全てが安定しているからだ。
胴に回された腕は筋骨隆々として、寸分も緩まない。
引き寄せられて、背が密着した胸板からも、鍛え上げられた体躯が伝わる。
男は侵入に使ったであろうロープをするすると伝い降り、直下に置いてあった樽の影に身を隠した。
宿の周囲には等間隔の見張りが立つはずだった。
だが、村長の振る舞い酒の影響か、その間隔はまばらになっている。
アシュレイから見える松明の灯りは2つ。
使用していたのが角部屋だったので、直ぐ背後の向こう側には、まだ複数いるかもしれない。
夜の闇は未だ深い。樽の影にいる限りは、見咎められることもあるまい。
しかし、ずっとここに留まっていればいつかは見つかる。
どうするつもりなのかと、アシュレイは気を揉んだ。
抵抗する気など、微塵もない。
アシュレイが自らの依頼で、アシュレイ自身を誘拐させている。
対価は母から譲り受けた金の櫛だった。
母が嫁入り道具として持参した貴重なものだと聞いている。
母セディナだけはアシュレイを宝玉のように愛し、慈しんでくれた。
だからアシュレイは前世も今世も含めて、たった一人の母を大切に想っていた。
大好きな女性からもらった大切な宝だったから、アシュレイは全力で隠し通した。
キューベルルに知られれば、何やかやと理由をつけて巻き上げられていただろう。
(随分な念の入れようね……)
アシュレイの拘束に両手を使っては、その間に抵抗される想定なのか。
訝しむ気持ちで男をねめつけつつ、刃が皮膚に当たらぬようゆっくりと体を起こす。
男は刃を突き付けたまま、アシュレイに合わせて上体を上げる。
起き上がると被っていたフードがずれて、金色の光が夜闇に浮かんだ。
アシュレイは思わず、息を吞む。
黄金色は男の瞳の色だった。
落ちた影が瞳を縁取る睫毛の豊かさを物語っている。その下には金色をした猫のように優美な瞳がある。
だが、瞳には獰猛な獣の光が宿っており、アシュレイは魅入られ、同時に慄いた。
(何て鋭い瞳。まるでライオンみたい……)
目を逸らせない。
ベッドについた指先が震え始め、ドキドキと心臓が動悸を早めた。胸が苦しくなるような沈黙だ。
「早くしろ」
男のほうが焦れて、目を襤褸切れに落とすと、やっと、アシュレイも呼吸を再開した。
息を呑んだついでに、止めてしまったらしい。
ふーっと息を吐き、覚悟を決めて自らの口を布で覆った。
自分の行動なので、それなりの加減が可能なのは有難い。
アシュレイが布を巻き終えるや否や、男は目にも止まらぬ手捌きで、アシュレイの手首を拘束した。
「……っ!」
そこまでしなくても。そう思ってももう声が出せない。
流れる動作でアシュレイの胴を攫うと、窓の外へひらりと身を投げ出した。
全身を浮遊感が包む。
なのにほとんど恐怖を感じないのは、動作の全てが安定しているからだ。
胴に回された腕は筋骨隆々として、寸分も緩まない。
引き寄せられて、背が密着した胸板からも、鍛え上げられた体躯が伝わる。
男は侵入に使ったであろうロープをするすると伝い降り、直下に置いてあった樽の影に身を隠した。
宿の周囲には等間隔の見張りが立つはずだった。
だが、村長の振る舞い酒の影響か、その間隔はまばらになっている。
アシュレイから見える松明の灯りは2つ。
使用していたのが角部屋だったので、直ぐ背後の向こう側には、まだ複数いるかもしれない。
夜の闇は未だ深い。樽の影にいる限りは、見咎められることもあるまい。
しかし、ずっとここに留まっていればいつかは見つかる。
どうするつもりなのかと、アシュレイは気を揉んだ。
抵抗する気など、微塵もない。
アシュレイが自らの依頼で、アシュレイ自身を誘拐させている。
対価は母から譲り受けた金の櫛だった。
母が嫁入り道具として持参した貴重なものだと聞いている。
母セディナだけはアシュレイを宝玉のように愛し、慈しんでくれた。
だからアシュレイは前世も今世も含めて、たった一人の母を大切に想っていた。
大好きな女性からもらった大切な宝だったから、アシュレイは全力で隠し通した。
キューベルルに知られれば、何やかやと理由をつけて巻き上げられていただろう。
103
お気に入りに追加
1,970
あなたにおすすめの小説
旦那の真実の愛の相手がやってきた。今まで邪魔をしてしまっていた妻はお祝いにリボンもおつけします
暖夢 由
恋愛
「キュリール様、私カダール様と心から愛し合っておりますの。
いつ子を身ごもってもおかしくはありません。いえ、お腹には既に育っているかもしれません。
子を身ごもってからでは遅いのです。
あんな素晴らしい男性、キュリール様が手放せないのも頷けますが、カダール様のことを想うならどうか潔く身を引いてカダール様の幸せを願ってあげてください」
伯爵家にいきなりやってきた女(ナリッタ)はそういった。
女は小説を読むかのように旦那とのなれそめから今までの話を話した。
妻であるキュリールは彼女の存在を今日まで知らなかった。
だから恥じた。
「こんなにもあの人のことを愛してくださる方がいるのにそれを阻んでいたなんて私はなんて野暮なのかしら。
本当に恥ずかしい…
私は潔く身を引くことにしますわ………」
そう言って女がサインした書類を神殿にもっていくことにする。
「私もあなたたちの真実の愛の前には敵いそうもないもの。
私は急ぎ神殿にこの書類を持っていくわ。
手続きが終わり次第、あの人にあなたの元へ向かうように伝えるわ。
そうだわ、私からお祝いとしていくつか宝石をプレゼントさせて頂きたいの。リボンもお付けしていいかしら。可愛らしいあなたととてもよく合うと思うの」
こうして一つの夫婦の姿が形を変えていく。
---------------------------------------------
※架空のお話です。
※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。
※現実世界とは異なりますのでご理解ください。
そう言うと思ってた
mios
恋愛
公爵令息のアランは馬鹿ではない。ちゃんとわかっていた。自分が夢中になっているアナスタシアが自分をそれほど好きでないことも、自分の婚約者であるカリナが自分を愛していることも。
※いつものように視点がバラバラします。
結婚結婚煩いので、愛人持ちの幼馴染と偽装結婚してみた
夏菜しの
恋愛
幼馴染のルーカスの態度は、年頃になっても相変わらず気安い。
彼のその変わらぬ態度のお陰で、周りから男女の仲だと勘違いされて、公爵令嬢エーデルトラウトの相手はなかなか決まらない。
そんな現状をヤキモキしているというのに、ルーカスの方は素知らぬ顔。
彼は思いのままに平民の娘と恋人関係を持っていた。
いっそそのまま結婚してくれれば、噂は間違いだったと知れるのに、あちらもやっぱり公爵家で、平民との結婚など許さんと反対されていた。
のらりくらりと躱すがもう限界。
いよいよ親が煩くなってきたころ、ルーカスがやってきて『偽装結婚しないか?』と提案された。
彼の愛人を黙認する代わりに、贅沢と自由が得られる。
これで煩く言われないとすると、悪くない提案じゃない?
エーデルトラウトは軽い気持ちでその提案に乗った。
モブですが、婚約者は私です。
伊月 慧
恋愛
声高々に私の婚約者であられる王子様が婚約破棄を叫ぶ。隣に震える男爵令嬢を抱き寄せて。
婚約破棄されたのは同年代の令嬢をまとめる、アスラーナ。私の親友でもある。そんな彼女が目を丸めるのと同時に、私も目を丸めた。
待ってください。貴方の婚約者はアスラーナではなく、貴方がモブ認定している私です。
新しい風を吹かせてみたくなりました。
なんかよく有りそうな感じの話で申し訳ございません。
職業『お飾りの妻』は自由に過ごしたい
LinK.
恋愛
勝手に決められた婚約者との初めての顔合わせ。
相手に契約だと言われ、もう後がないサマンサは愛のない形だけの契約結婚に同意した。
何事にも従順に従って生きてきたサマンサ。
相手の求める通りに動く彼女は、都合のいいお飾りの妻だった。
契約中は立派な妻を演じましょう。必要ない時は自由に過ごしても良いですよね?
【完結済み】妹の婚約者に、恋をした
鈴蘭
恋愛
妹を溺愛する母親と、仕事ばかりしている父親。
刺繍やレース編みが好きなマーガレットは、両親にプレゼントしようとするが、何時も妹に横取りされてしまう。
可愛がって貰えず、愛情に飢えていたマーガレットは、気遣ってくれた妹の婚約者に恋をしてしまった。
無事完結しました。
初耳なのですが…、本当ですか?
あおくん
恋愛
侯爵令嬢の次女として、父親の仕事を手伝ったり、邸の管理をしたりと忙しくしているアニーに公爵家から婚約の申し込みが来た!
でも実際に公爵家に訪れると、異世界から来たという少女が婚約者の隣に立っていて…。
結婚して5年、冷たい夫に離縁を申し立てたらみんなに止められています。
真田どんぐり
恋愛
ー5年前、ストレイ伯爵家の美しい令嬢、アルヴィラ・ストレイはアレンベル侯爵家の侯爵、ダリウス・アレンベルと結婚してアルヴィラ・アレンベルへとなった。
親同士に決められた政略結婚だったが、アルヴィラは旦那様とちゃんと愛し合ってやっていこうと決意していたのに……。
そんな決意を打ち砕くかのように旦那様の態度はずっと冷たかった。
(しかも私にだけ!!)
社交界に行っても、使用人の前でもどんな時でも冷たい態度を取られた私は周りの噂の恰好の的。
最初こそ我慢していたが、ある日、偶然旦那様とその幼馴染の不倫疑惑を耳にする。
(((こんな仕打ち、あんまりよーー!!)))
旦那様の態度にとうとう耐えられなくなった私は、ついに離縁を決意したーーーー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる