夏姫の忍

きぬがやあきら

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種火

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 先頭の静は一度下がって細かな砂利の山を越えて、大振りの岩山へ飛び移る。渡り切ってから夏を手招きした。

「お夏様、こっちよ」

 岩山の先はさらに盛り上がり、奥へ広がっている。

「お夏様、足元にお気を付けください。岩は思うよりも滑りまする」

 砂浜から岩山の頂上までの高さは恐らく七尺となく、大した程度ではない。

 だが濡れた岩は苔や海藻で滑りやすい。

 足元が危ういので、夏の傍に控えていたかった。しかし静や他の子らもいるので、夏は従うまい。

「大事ない。かような童たちが通う場所ぞ。儂を甘く見るでない」

「この子らは慣れていましょう。お夏様は本日が初めてです」

 天辺に渡り切った静には笑みを向けながらも、背中からは、ただならぬ気配が伝わってくる。

 夏は一、二、と自身の胸中で数えたのち、勢いをつけて岩山に飛びついた。

 滑ると忠告したのに、勢いをつけるのは賛成しない。

 だが、幸いにも飛び移りに成功した。花月たちも後に続く。

 岩に渡ると、頂上は広かった。

 花月の後から四人が続いても、それぞれが自由に動き回れる。三坪はありそうだ。

 それでも、満潮であれば岩山はすっぽり海に飲まれるらしい。

 凹凸の激しい表面に潮だまりができている。

「ねえねえ、こっちに来て! ほら、ここにいるよ」

「どこじゃ。もう見つけたのか」

「こっちよ。蟹は水の中や岩の陰にいるの」

 夏は獲物の存在に目を輝かせながら、潮だまりを覗き込んだ。

 が、すぐに悲鳴を上げて仰け反った。

「きゃあっ! あっ、冷たい!」

「どうしたの? お夏様⁉」

 花月より先に傍にいた静が声を掛ける。夏はその場に尻餅を搗いていた。

 情態を掌握するため、尻の周辺を数度さっと見回す。

「足の上を、虫が走っての。驚いたら足が滑ったのじゃ。着物が濡れてしもうたが、いかんな。これくらいのことで大騒ぎしては蟹が逃げてしまう」

「大丈夫だよ。蟹なら沢山いるから」

 静が小さな体にも拘わらず、夏に手を貸し、助け起こした。

 季節はまだ夏の終わりだから寒くはない。だが、腰から下は、ぐっしょりと濡れている。

 他には痛めた個所など、ないようだ。

 濡れるくらいなら大事はないかと、花月は胸を撫で下ろした。

 あまり憂慮が過ぎても子供らの目に不審に映る。だが、隣で見守っていられずに、もどかしい。

「花月さん! こっちにもいるよ。ねえ、見に来てよ」

 三郎に呼ばれ、意識は残しながらも夏の元を離れた。

「蟹より先に、ほら! これはわかる?」

 三郎は岩にへばりついた黒い粒を引き剥がして掌に載せた。

 紫がかった黒色をしている。

「貝か。生憎、名は知らぬ。食えるのか」

「食えるよ! 落葉松からまつ貝っていうんだ。こういう岩でしか取れないんだ」

「これは一つ良い知識を得た。良く覚えておこう」

「他にもいるよ! ちょっと待って」

 花月が貝を受け取ると、三郎は得意そうに新たな獲物を求めに戻った。

「お兄さん、俺のも見て見て」

 洟たれの佑太は、船虫を持ってきた。

「船虫か。お夏様が驚いた奴だな。そいつは、その辺に放っておいてやってはどうだ」

 佑太が捕まえた船虫は立派な大きさで、幼い佑太の手に一握りもあった。

 子供は虫取りを好むものだが、見ていてあまり心地の良い生物ではない。

 夏は大仰に驚いたと装っていたが、さぞかし肝を冷やしただろう。

「お兄さん。こっちも」

「花月さん、こっち!」

「花月、見ておくれ! 捕まえたぞ!」

 次々と子供衆に呼ばれ、花月は忙しく応答した。極めつけは夏の天真な呼び声だ。

「蟹じゃ。儂一人で捕ったのだぞ」

 子供と何ら変わらない。

 掌を丸く重ね合わせて、獲物が逃げないように配慮しながら、こちらへ早足して来る。

「お夏様、私が参ります。慌てると怪我をしますよ」

 足元に水飛沫を跳ね上げて、姫が忍に駆け寄るとは。御屋形様は預想しただろうか。

 花月は、胸に込み上げてくる暖かみに、謂れのない不安を覚えた。

「ほらっ、大きいじゃろう? 早く見てくれぬと逃げ出すわ。掌がこそばゆいぞ」

「花月さん、私も捕ったよ。入れ物がないから一匹ずつしか捕まえられないわ」

 夏について静も来る
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