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姫と忍
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「其方はのう、固いのだ。もう少し柔軟さが必要じゃ」
「お前のように無節操になれと申すか? お断りだ」
安芸に気を取られている間に、夏の足がもぞと動いた。
「どこじゃ、ここは……。儂は、確か」
目をやると夏は一度、俯せて呟いた。起き上がろうと持ち上げた瞳は虚ろだった。
「其方ら、何者じゃ!? 何故、儂を助けた」
しかしすぐに身を翻して立ち上がった。足裏が痛んだようで、わずかに身じろぐ。
動転している夏を、どう宥めて解説するか。
夏からすれば花月たちは助っ人であり人殺しだ。
森に連れ込んで、悪巧みをしていると思い違う危険がある。
「拙者は貴方様の忍でござる。夏姫様」
花月が考える間に、安芸がひらりと夏の足元に参じた。夜目の利く花月からすれば、見事な変わり身だ。
「どうか、ご安心を、ぐわっ」
しかし夏には、よく伝わらなかったらしい。姫君にあるまじき蹴りが、安芸の顎に破裂する。
「寄るな! 怪しい奴。お主らの目的は何なのじゃ」
油断した安芸は、簡単に後ろに引っくり返った。
花月は、やむを得ず、鉄扇を片手に夏の背後に立った。
唇に手拭を噛ませる。
「むううっ」
夏は喚いて両手を振り回す。身を捩って、一通りの抗衡を見せた。
だが、当然花月はびくともしない。
間を見計らって鉄扇を掌に押し付けた。片手で握らせて、軽く開く。
「ご無礼をお許しくだされ。ご自害なさらぬための用心でござる。拙者は室生花月。北条様の名代で貴方をお守りに参りました」
煌々と燃えるものの、焚火一つで扇の御紋が目に入るかは怪しい。
だが、声を掛けると夏は、あっさりと坑衡を止めた。
「拙者共は北条様に仕える風魔です。ご安心ください」
首が縦に振れたので、花月は手拭を外した。
油断のならない姫だから、反撃がないか用心しながら、花月は体を放そうとした。
だが、放す前に、こちらに向き直った夏のほうから飛びついてくる。
「その声は、小雪じゃ! 助けてくれたのは、やはり小雪か!」
真っ向からの攻撃なら備えがあったのに、想像外の応答に花月は動けなかった。
「儂は気を失っておったのだな。其方がここまで連れて来てくれたのか? しかし小雪が風魔とは……気づかなんだ。儂はずっと騙されておったわ。秘密にするとは意地の悪い」
口に手拭を回した仕打ちを咎められるやもと危惧したのに、思いの他、好意ある行動に困惑する。
そういえば夏は、出会った時から不思議なほど〝小雪〟に好意を見せていた。
胸に顔を寄せて、完全に甘えている仕草だ。
相手の懐に入り込むのも忍の一芸のうちだ。
だが、多少の交流があったところで、ここまで心を許してもらうだけの仔細が見当たらない。
「あの、夏姫様」
「小雪が風魔と言うからには、もしや、あちらは夕霧殿か? くせ者と思い込み蹴ってしま、んっ?」
氏康から遣わされた風魔だと、名乗ったからには、必要以上に親しくしてはならぬ。
体を離そうと花月は夏の両肩に手を置いた。
「お前のように無節操になれと申すか? お断りだ」
安芸に気を取られている間に、夏の足がもぞと動いた。
「どこじゃ、ここは……。儂は、確か」
目をやると夏は一度、俯せて呟いた。起き上がろうと持ち上げた瞳は虚ろだった。
「其方ら、何者じゃ!? 何故、儂を助けた」
しかしすぐに身を翻して立ち上がった。足裏が痛んだようで、わずかに身じろぐ。
動転している夏を、どう宥めて解説するか。
夏からすれば花月たちは助っ人であり人殺しだ。
森に連れ込んで、悪巧みをしていると思い違う危険がある。
「拙者は貴方様の忍でござる。夏姫様」
花月が考える間に、安芸がひらりと夏の足元に参じた。夜目の利く花月からすれば、見事な変わり身だ。
「どうか、ご安心を、ぐわっ」
しかし夏には、よく伝わらなかったらしい。姫君にあるまじき蹴りが、安芸の顎に破裂する。
「寄るな! 怪しい奴。お主らの目的は何なのじゃ」
油断した安芸は、簡単に後ろに引っくり返った。
花月は、やむを得ず、鉄扇を片手に夏の背後に立った。
唇に手拭を噛ませる。
「むううっ」
夏は喚いて両手を振り回す。身を捩って、一通りの抗衡を見せた。
だが、当然花月はびくともしない。
間を見計らって鉄扇を掌に押し付けた。片手で握らせて、軽く開く。
「ご無礼をお許しくだされ。ご自害なさらぬための用心でござる。拙者は室生花月。北条様の名代で貴方をお守りに参りました」
煌々と燃えるものの、焚火一つで扇の御紋が目に入るかは怪しい。
だが、声を掛けると夏は、あっさりと坑衡を止めた。
「拙者共は北条様に仕える風魔です。ご安心ください」
首が縦に振れたので、花月は手拭を外した。
油断のならない姫だから、反撃がないか用心しながら、花月は体を放そうとした。
だが、放す前に、こちらに向き直った夏のほうから飛びついてくる。
「その声は、小雪じゃ! 助けてくれたのは、やはり小雪か!」
真っ向からの攻撃なら備えがあったのに、想像外の応答に花月は動けなかった。
「儂は気を失っておったのだな。其方がここまで連れて来てくれたのか? しかし小雪が風魔とは……気づかなんだ。儂はずっと騙されておったわ。秘密にするとは意地の悪い」
口に手拭を回した仕打ちを咎められるやもと危惧したのに、思いの他、好意ある行動に困惑する。
そういえば夏は、出会った時から不思議なほど〝小雪〟に好意を見せていた。
胸に顔を寄せて、完全に甘えている仕草だ。
相手の懐に入り込むのも忍の一芸のうちだ。
だが、多少の交流があったところで、ここまで心を許してもらうだけの仔細が見当たらない。
「あの、夏姫様」
「小雪が風魔と言うからには、もしや、あちらは夕霧殿か? くせ者と思い込み蹴ってしま、んっ?」
氏康から遣わされた風魔だと、名乗ったからには、必要以上に親しくしてはならぬ。
体を離そうと花月は夏の両肩に手を置いた。
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