夏姫の忍

きぬがやあきら

文字の大きさ
上 下
19 / 44
姫と忍

しおりを挟む
「其方はのう、固いのだ。もう少し柔軟さが必要じゃ」

「お前のように無節操になれと申すか? お断りだ」

 安芸に気を取られている間に、夏の足がもぞと動いた。

「どこじゃ、ここは……。儂は、確か」

 目をやると夏は一度、俯せて呟いた。起き上がろうと持ち上げた瞳は虚ろだった。

「其方ら、何者じゃ!? 何故、儂を助けた」

 しかしすぐに身を翻して立ち上がった。足裏が痛んだようで、わずかに身じろぐ。

 動転している夏を、どう宥めて解説するか。

 夏からすれば花月たちは助っ人であり人殺しだ。

 森に連れ込んで、悪巧みをしていると思い違う危険がある。

「拙者は貴方様の忍でござる。夏姫様」

 花月が考える間に、安芸がひらりと夏の足元に参じた。夜目の利く花月からすれば、見事な変わり身だ。

「どうか、ご安心を、ぐわっ」

 しかし夏には、よく伝わらなかったらしい。姫君にあるまじき蹴りが、安芸の顎に破裂する。

「寄るな! 怪しい奴。お主らの目的は何なのじゃ」

 油断した安芸は、簡単に後ろに引っくり返った。

 花月は、やむを得ず、鉄扇を片手に夏の背後に立った。

 唇に手拭を噛ませる。

「むううっ」

 夏は喚いて両手を振り回す。身を捩って、一通りの抗衡を見せた。

 だが、当然花月はびくともしない。

 間を見計らって鉄扇を掌に押し付けた。片手で握らせて、軽く開く。

「ご無礼をお許しくだされ。ご自害なさらぬための用心でござる。拙者は室生花月。北条様の名代で貴方をお守りに参りました」

 煌々と燃えるものの、焚火一つで扇の御紋が目に入るかは怪しい。

 だが、声を掛けると夏は、あっさりと坑衡を止めた。

「拙者共は北条様に仕える風魔です。ご安心ください」

 首が縦に振れたので、花月は手拭を外した。

 油断のならない姫だから、反撃がないか用心しながら、花月は体を放そうとした。

 だが、放す前に、こちらに向き直った夏のほうから飛びついてくる。

「その声は、小雪じゃ! 助けてくれたのは、やはり小雪か!」

 真っ向からの攻撃なら備えがあったのに、想像外の応答に花月は動けなかった。

「儂は気を失っておったのだな。其方がここまで連れて来てくれたのか? しかし小雪が風魔とは……気づかなんだ。儂はずっと騙されておったわ。秘密にするとは意地の悪い」

 口に手拭を回した仕打ちを咎められるやもと危惧したのに、思いの他、好意ある行動に困惑する。

 そういえば夏は、出会った時から不思議なほど〝小雪〟に好意を見せていた。

 胸に顔を寄せて、完全に甘えている仕草だ。

 相手の懐に入り込むのも忍の一芸のうちだ。

 だが、多少の交流があったところで、ここまで心を許してもらうだけの仔細が見当たらない。

「あの、夏姫様」

「小雪が風魔と言うからには、もしや、あちらは夕霧殿か? くせ者と思い込み蹴ってしま、んっ?」

 氏康から遣わされた風魔だと、名乗ったからには、必要以上に親しくしてはならぬ。

 体を離そうと花月は夏の両肩に手を置いた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
故郷、甲賀で騒動を起こし、国を追われるようにして出奔した 若き日の滝川一益と滝川義太夫、 尾張に流れ着いた二人は織田信長に会い、織田家の一員として 天下布武の一役を担う。二人をとりまく織田家の人々のそれぞれの思惑が からみ、紆余曲折しながらも一益がたどり着く先はどこなのか。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

信忠 ~“奇妙”と呼ばれた男~

佐倉伸哉
歴史・時代
 その男は、幼名を“奇妙丸”という。人の名前につけるような単語ではないが、名付けた父親が父親だけに仕方がないと思われた。  父親の名前は、織田信長。その男の名は――織田信忠。  稀代の英邁を父に持ち、その父から『天下の儀も御与奪なさるべき旨』と認められた。しかし、彼は父と同じ日に命を落としてしまう。  明智勢が本能寺に殺到し、信忠は京から脱出する事も可能だった。それなのに、どうして彼はそれを選ばなかったのか? その決断の裏には、彼の辿って来た道が関係していた――。  ◇この作品は『小説家になろう(https://ncode.syosetu.com/n9394ie/)』『カクヨム(https://kakuyomu.jp/works/16818093085367901420)』でも同時掲載しています◇

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

処理中です...