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脱走
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「子猫ちゃん! 子猫ちゃんのお陰で十分に大漁よ。重かったでしょう。ご苦労様」
「私は祝儀を拾うただけで。お二人の芸が見事だったのです」
「うふふ、人は綺麗なものを見ると、対価を払いたくなるようにできているのよ。特に男は、可愛い女の前では見栄を張りたくなるの」
「そのようなものですか? お言葉は有り難く存じますが」
「小雪は美人だけど、愛想が足りないのよ。子猫ちゃんがいて、ちょうど良いの。私の目は確かだったのよ」
「姉上は結局、自分の手柄だと言いたいのね」
小雪が笑うと夕霧は満足そうに笑んだ。仲の良い姉妹だ。
夏には二人の言葉がお世辞か本音か、区別がつかない。
だが、どちらでも良いと思われて、退散を手伝った。
くるくると巻いた茣蓙を肩に背負い、小雪が立つ。
笊に溜まった銭を、夏は渡された巾着袋へ移した。
夕霧が先頭で、「帰ろう」と短く声を掛ける。
姉妹の間に挟まって、元来た道を引き返した。
ごく自然に朋輩に収まっている様が不思議だった。
どこがか分からないが、二人の仕事に寄与できたなら嬉しい。
宿屋へ戻り、紺色の暖簾を潜る。屋号は《大松屋》だ。
「お帰りなさいやし~。首尾はいかがでございましたか」
間延びした、細長い男の声が、出迎えた。宿屋の主人だ。
威勢の良い女将とは反対の印象を受ける。巷には色々な種類の人間がいるものだ。
「上々よ」
「足湯は入り用で?」
「私は結構よ。またすぐ出るから。二人に用意してあげて」
夕霧は草履を脱ぎ放して板間に上がった。
「夕霧殿は何処かへお出掛けなさるのか」
足湯と聞いて、夏は土間に留まった。先ほどは土だらけの足で家屋に上がって、気まずい思いを抱えていた。
下女が湯を張った桶を抱えてやって来る。先ず夏の足元へ、次に小雪の足元へと順に運ばれた。
その脇を再び夕霧がすり抜け、出掛けて行った。
夏は夕霧を見送りながらも、汚れた足の心地と早く離別したくて、さっと両足を湯の中に突っ込んだ。
(痛い。やはり、切れておる。湯が滲みるわ)
土の上を慣れない裸足で歩き回って、途中から足裏に痛みを感じ出していた。
湯の温かみは、心地良さと疼痛をもたらす。
どれも大きな痛みではない。だが、あちこちから足に滲み入って来る痛みに、夏は眉を顰めた。
「どうしたの。自分で洗わないと、誰も洗ってくれないよ」
「無論、承知しておる。少々湯の心地を堪能しておっただけじゃ」
小雪の声に弾かれて、夏は慌てて両手で足首を擦った。框に腰を掛けて、ごしごし踝を洗う。
武将の娘が痛みに騒いでは、みっともない。
だが、足裏はそっと浮かせて足踏みするに留めた。
「私は祝儀を拾うただけで。お二人の芸が見事だったのです」
「うふふ、人は綺麗なものを見ると、対価を払いたくなるようにできているのよ。特に男は、可愛い女の前では見栄を張りたくなるの」
「そのようなものですか? お言葉は有り難く存じますが」
「小雪は美人だけど、愛想が足りないのよ。子猫ちゃんがいて、ちょうど良いの。私の目は確かだったのよ」
「姉上は結局、自分の手柄だと言いたいのね」
小雪が笑うと夕霧は満足そうに笑んだ。仲の良い姉妹だ。
夏には二人の言葉がお世辞か本音か、区別がつかない。
だが、どちらでも良いと思われて、退散を手伝った。
くるくると巻いた茣蓙を肩に背負い、小雪が立つ。
笊に溜まった銭を、夏は渡された巾着袋へ移した。
夕霧が先頭で、「帰ろう」と短く声を掛ける。
姉妹の間に挟まって、元来た道を引き返した。
ごく自然に朋輩に収まっている様が不思議だった。
どこがか分からないが、二人の仕事に寄与できたなら嬉しい。
宿屋へ戻り、紺色の暖簾を潜る。屋号は《大松屋》だ。
「お帰りなさいやし~。首尾はいかがでございましたか」
間延びした、細長い男の声が、出迎えた。宿屋の主人だ。
威勢の良い女将とは反対の印象を受ける。巷には色々な種類の人間がいるものだ。
「上々よ」
「足湯は入り用で?」
「私は結構よ。またすぐ出るから。二人に用意してあげて」
夕霧は草履を脱ぎ放して板間に上がった。
「夕霧殿は何処かへお出掛けなさるのか」
足湯と聞いて、夏は土間に留まった。先ほどは土だらけの足で家屋に上がって、気まずい思いを抱えていた。
下女が湯を張った桶を抱えてやって来る。先ず夏の足元へ、次に小雪の足元へと順に運ばれた。
その脇を再び夕霧がすり抜け、出掛けて行った。
夏は夕霧を見送りながらも、汚れた足の心地と早く離別したくて、さっと両足を湯の中に突っ込んだ。
(痛い。やはり、切れておる。湯が滲みるわ)
土の上を慣れない裸足で歩き回って、途中から足裏に痛みを感じ出していた。
湯の温かみは、心地良さと疼痛をもたらす。
どれも大きな痛みではない。だが、あちこちから足に滲み入って来る痛みに、夏は眉を顰めた。
「どうしたの。自分で洗わないと、誰も洗ってくれないよ」
「無論、承知しておる。少々湯の心地を堪能しておっただけじゃ」
小雪の声に弾かれて、夏は慌てて両手で足首を擦った。框に腰を掛けて、ごしごし踝を洗う。
武将の娘が痛みに騒いでは、みっともない。
だが、足裏はそっと浮かせて足踏みするに留めた。
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