夏姫の忍

きぬがやあきら

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脱走

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 町の中央通りは、市で賑わっている。

 青物売りと金物屋に挟まれた四辻を、姉妹は今日の仕事場所と定めた。
 
 放下とは、往来で芸を見世物とする生業(なりわい)であると、夏は見て取った。

 姉妹は小さな竹製の楽器を打ち鳴らし、唄を吟じながら客寄せをした。

 辻を丸く囲んで、すぐに人だかりができる。

 口上をしてから、両手に持った七寸ほどの竹を、手先でくるくる回しながら舞う。

 器用でありながら、天女の如く美しい舞いは、見る者を魅了した。

 動きを止め、姉妹が向き合って立っただけで、観客からは拍手が上がった。

 釣られて夏も、手を叩いた。調子外れに拍手をした、夏にも注目が集まる。

 いや、仕草の間合いの問題だけではない。夏だけ明らかに浮いた形をしている。

 姉妹は下げ髪なのに、夏だけ角髪みずらに結われている。

 小袖を貸してもらったら、袴は取り返されてしまった。

 姉妹は裾が窄まった裁月袴たっつけばかま姿で、夏だけが丈の短い緋色の小袖一枚だ。

 小雪は着替える前、脚絆を身につけていた。けれど貸してもらえず、素足で我慢だ。

 足捌きは敏捷だが、心地がすーすーして、何処となく心許ない。

 辺りを見回せば、裾短の小袖姿は少なくないから、姿を隠す目的には適っている。

 妙なのは角髪だ。髪を左右に束ねて留めている者など何処にもいない。

 支度中に夕霧に尋ねた際は「愛らしさが際立つ」としか、返答がなかった。

 今、改めて、何故このような格好をさせるのか、疑問を抱いても、二人は芸を披露している最中だ。

 中断させてまで、尋ねる訳にはいかない。観客の喜びも妨げたくなかった。なので、仕方なく見守っている。

 だが、夏の疑問など、瞬く間に吹き飛んだ。

 姉妹の芸が見事すぎて、夏も一人の観客として舞台に熱中していった。

 竹笛は姉妹の手に二本ずつ。互いに一本を投げ合い、二本が同時に宙を舞う。

 投げ合う間合いは徐々に早くなる。

 空中に二本が飛び交う頃には、更に懐より一本ずつ取り出して、合計六本の竹が左右を飛び交った。

 二人は互いの隔たりを広く、長く伸ばしていった。反して、投げ合う間隔は短くなる。

 徐々に、どちらの手から放たれているか見分けがつかなくなるほど早くなった。

 最後には弧を描いた竹の五本が綺麗に小雪の手に収まる。素早く左脇に抱えて、右手で六本目の棒を取った。

 指先で器用にくるくると回して、同じく左手に収める。

「お見事じゃ!  二人とも天晴である!」

 立場を忘れ、一人の観客として、夏は先んじて手を打った。

「いいぞー、姉ちゃん!」

 続けて観客からも拍手が上がり、姉妹を目がけて礫が飛んだ。

 二人を目がけてはいるが、姉妹を打つほどの勢いはない。

 地に転がった礫は一文銭だ。目にして、これが姉妹に向けられた祝儀の銭なのだとわかる。

「気に入ってくれたようね。そうしたら、はい、お手伝い」

 注目が小雪に集まっている隙に、夕霧がさっと夏に駆け寄った。口の広い笊(ざる)を手渡される。

「とても感動致しました!  妙技ですな。これは?」

「これに、銭を拾い集めておいて。よろしくね」

 夕霧はすぐに身を翻した。

(これに、落ちた銭を……拾って集める?)
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