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脱走
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町外れで、夏は城下が目覚める時を待った。
早く着替えをしたい気持ちもある。
だが、目覚めたばかりの町人たちは、まだ、ぽつり、ぽつりと姿を見せるだけで、竃から煙の上がる様子もない。
城門から正面に当たる大通りには、看板を掲げた店が何軒も、並んでいた。
夏は単純に持ち出した簪などと引き換えに、路銀を調達すれば良いと考えていた。
町人の拵えを手に入れる時がなかったし、城の脱出を最上位にしたため着の身着のままだ。
長きに亘って練った計画ではないので、衣服を手に入れる段取りまで、定めていなかった。
掲げた看板から、質屋と古着屋に目星をつけた。
如何にすれば怪しまれずに駆け引きできるだろうか。
(どうしたものか。かような形で質草など持ち込むのは、不審であろうか)
夏は寝間着姿だ。しかも純白の絹製ときている。
往来の様子見に、町家の隅から顔だけ覗かせて辺りを見回した。
町は至っていつも通り、昨日と変わらぬ朝を迎えている。
(うーむ。追い剥ぎに遭ったとでも言い訳しようか。しかし追い剥ぎならば、身包み剥がされねばおかしかろう。裸になるのは、いくらなんでも嫌じゃ。いや、そもそも、儂は女子じゃ。裸にした女子をそのまま逃す追い剥ぎもおるまい)
では、伴の者と旅の途中で野盗に襲撃された筋書は、どうだろう。
皆散り散りになり、命からがら逃げ延びてやって来た。
(……命からがら逃れて来た良家の子女が、質屋へ簪を持って、金に換えてくれと縋るであろうか……?)
それも妙な話かと、夏は首を捻った。あまり大仰な話にして、人の口に登りたくない。
ええい、何か妙案はないものか!
「もし、お嬢さん。かようなお姿で、どうなさった」
良い策が思いつかず頭を悩ませていると、背後から唐突に声が掛かった。
驚き振り返ると、千駄櫃を背負った商人風の男が立っている。年は氏康よりやや上か。
「やんごとなき身の上のお方と、お見受けします。いったい、どのようなご事情で、ここにいらっしゃるので? お困り事でしたら、お力になりますよ」
男の身なりを頭から爪先まで眺めて、夏は思案した。
城へ出入りしている商人たちに比べると、見劣りする。
だが、襤褸を纏うほどでもない。
「其方は何を商うていらっしゃる。千駄櫃の中身は何じゃ?」
「私は塩汲みをしております。そこ、小田原の海で採った塩を、こちらの城下や近隣の町へ売りに出ております」
男は千駄櫃を下ろして、蓋を開けた。包みの布がいくつか見える。
外見に不審な点は見当たらない。だが、信用して話して良いものか。
夏の身分が露見すれば、氏康の麾下に連れ戻される危険は高い。
しかし、この姿のまま遠くへは行けない。夏が逃亡した事件も、そろそろ明るみに出る。
どちらにしても、あまり悠長にしていられない。
「事情があり、手頃な小袖を手に入れたいと思うておりまする。どうにか手に入りませぬか。お礼は後ほど必ず致します」
放っておいても捕まるならば運に任せるのも一興、と、夏は思い切って口にした。
「はあ、ご事情が……。では、我が家の女房の衣では、いかがでしょう。お気に召すか、わかりませんが、まずご覧頂いてからでも」
「ご内儀の! それは、願ってもない」
夏は思い掛けない、男の申し出に口元を綻ばせた。
この商人が直に着物を譲ってくれるなら、あとは万事、上手く行く。
早く着替えをしたい気持ちもある。
だが、目覚めたばかりの町人たちは、まだ、ぽつり、ぽつりと姿を見せるだけで、竃から煙の上がる様子もない。
城門から正面に当たる大通りには、看板を掲げた店が何軒も、並んでいた。
夏は単純に持ち出した簪などと引き換えに、路銀を調達すれば良いと考えていた。
町人の拵えを手に入れる時がなかったし、城の脱出を最上位にしたため着の身着のままだ。
長きに亘って練った計画ではないので、衣服を手に入れる段取りまで、定めていなかった。
掲げた看板から、質屋と古着屋に目星をつけた。
如何にすれば怪しまれずに駆け引きできるだろうか。
(どうしたものか。かような形で質草など持ち込むのは、不審であろうか)
夏は寝間着姿だ。しかも純白の絹製ときている。
往来の様子見に、町家の隅から顔だけ覗かせて辺りを見回した。
町は至っていつも通り、昨日と変わらぬ朝を迎えている。
(うーむ。追い剥ぎに遭ったとでも言い訳しようか。しかし追い剥ぎならば、身包み剥がされねばおかしかろう。裸になるのは、いくらなんでも嫌じゃ。いや、そもそも、儂は女子じゃ。裸にした女子をそのまま逃す追い剥ぎもおるまい)
では、伴の者と旅の途中で野盗に襲撃された筋書は、どうだろう。
皆散り散りになり、命からがら逃げ延びてやって来た。
(……命からがら逃れて来た良家の子女が、質屋へ簪を持って、金に換えてくれと縋るであろうか……?)
それも妙な話かと、夏は首を捻った。あまり大仰な話にして、人の口に登りたくない。
ええい、何か妙案はないものか!
「もし、お嬢さん。かようなお姿で、どうなさった」
良い策が思いつかず頭を悩ませていると、背後から唐突に声が掛かった。
驚き振り返ると、千駄櫃を背負った商人風の男が立っている。年は氏康よりやや上か。
「やんごとなき身の上のお方と、お見受けします。いったい、どのようなご事情で、ここにいらっしゃるので? お困り事でしたら、お力になりますよ」
男の身なりを頭から爪先まで眺めて、夏は思案した。
城へ出入りしている商人たちに比べると、見劣りする。
だが、襤褸を纏うほどでもない。
「其方は何を商うていらっしゃる。千駄櫃の中身は何じゃ?」
「私は塩汲みをしております。そこ、小田原の海で採った塩を、こちらの城下や近隣の町へ売りに出ております」
男は千駄櫃を下ろして、蓋を開けた。包みの布がいくつか見える。
外見に不審な点は見当たらない。だが、信用して話して良いものか。
夏の身分が露見すれば、氏康の麾下に連れ戻される危険は高い。
しかし、この姿のまま遠くへは行けない。夏が逃亡した事件も、そろそろ明るみに出る。
どちらにしても、あまり悠長にしていられない。
「事情があり、手頃な小袖を手に入れたいと思うておりまする。どうにか手に入りませぬか。お礼は後ほど必ず致します」
放っておいても捕まるならば運に任せるのも一興、と、夏は思い切って口にした。
「はあ、ご事情が……。では、我が家の女房の衣では、いかがでしょう。お気に召すか、わかりませんが、まずご覧頂いてからでも」
「ご内儀の! それは、願ってもない」
夏は思い掛けない、男の申し出に口元を綻ばせた。
この商人が直に着物を譲ってくれるなら、あとは万事、上手く行く。
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