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退魔の輝き
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固唾を飲んで、ルーカスの言葉に聞き入る。
「お前の立場がどうなろうと、俺はお前を愛している。ずっと正直になれず、お前には辛く当たってしまった。詫びて許されるとは思っていないが、俺の心だけは覚えていて欲しい」
――は?
オリヴィエは咄嗟に言葉の真意を理解できない。
何を言ってるの……?
頭では理解が追い付かない中、心だけが素直に応答を示していた。
急激に涙が込み上げて……落涙に至る。
「う……そ、団長が、私を……?」
「嘘じゃない。嘘だと思われても仕方ない振る舞いをしたが、俺はずっとオリヴィエを諦められなかった。立場的に聖女を娶らなければならない身だ。お前を幸せにしてやれる自信が……なかったために、いたづらに傷付けてしまった」
”嘘じゃない” と否定されても、信じられない。
ルーカスと結ばれないことは、聖女選定に落ちた時から覚悟していた。
それでも、未練を……抱えていたのは、オリヴィエだけではなかったのか。
「本当に済まない。未練がましい男だが……お前にまだ、ほんの少しでも俺への愛着が残っているなら、俺を信じて、待っていてくれないか」
ルーカスは瞼を伏せた。
手綱から右手を離すと、躊躇いがちに、指をオリヴィエの目元へ伸ばす。
「万事丸く収めてみせる」
「嘘じゃないの? 信じても、いいの? 今でも、私を……?」
「こんな場面で嘘を吐くほど、俺は愚かじゃない。本当はずっと、オリヴィエが好きだった」
ルーカスはオリヴィエの右目の涙を優しく拭った。
そんな台詞をルーカスの口から聞けたなら、どんなに嬉しく天にも昇る気持ちになるだろうと夢想していた時もあった。
だが、実際にそんな場面に直面してみたら、そんなキラキラした感動に至らない。
どちらかと言えば、夢を見ているようだ。
これは本当に現実なのだろうか?
「返事を聞かせてくれないか?」
「わ、私は……」
問いかけにオリヴィエは動揺した。
ルーカスはまるで、オリヴィエの気持ちを既に知っているかのように落ち着き払っている。
勿論返事は決まっている。今だって昔だって、ずっとずっと変わらない。
そのはずなのに、唇が震えて言葉が出ない。
オリヴィエには聖女の他に、もう一つ、問題を抱えていた。
待てない。待つ時間がオリヴィエにはないと。そう、返事をしなければならない。
しかし、それは心を引き裂かれるより辛い選択だった。
これ以上は我慢できない。
「私、も……」
オリヴィエは深く呼吸した。言葉を紡ごうと口を開いた瞬間、冷たい突風が吹く。
「私も、好きだった。ずっと、ずっと……っ」
髪の毛が風で舞い上がり、睫毛を掠める。
オリヴィエは堪らず目を瞑った。
刹那、体温がぐっと近づいたかと思うと、唇に熱い感触が。
さっと触れただけだったけれど、何が起きたのかくらいはオリヴィエにもわかった。
ルーカスの身体は静かに離れ、微かな温もりだけが残った。
「ありがとう。……職務の域を超えたな。早く、戻ろう」
ルーカスはオリヴィエの体勢を元に戻すと、また前だけを向いて馬を走らせる。
オリヴィエは胸の高まりが治まらぬまま、ルーカスの横顔を黙って見上げる。
もっと体を起こして向き直らなければ、正面から表情を窺えない。
けれど仄かに耳たぶが赤く染まっている様が見て取れて、それ以上追及する気が潰えた。
それから宿舎に着くまでの時間は、まさに至福だった。
暖かくて、心地いい。宿舎がずっと、遠ければいいのに。
いつしか、ルーカスに秘匿した罪の意識など吹き飛んでしまうほど、オリヴィエは幸せな気持ちでルーカスの胸に身を預けていた。
「お前の立場がどうなろうと、俺はお前を愛している。ずっと正直になれず、お前には辛く当たってしまった。詫びて許されるとは思っていないが、俺の心だけは覚えていて欲しい」
――は?
オリヴィエは咄嗟に言葉の真意を理解できない。
何を言ってるの……?
頭では理解が追い付かない中、心だけが素直に応答を示していた。
急激に涙が込み上げて……落涙に至る。
「う……そ、団長が、私を……?」
「嘘じゃない。嘘だと思われても仕方ない振る舞いをしたが、俺はずっとオリヴィエを諦められなかった。立場的に聖女を娶らなければならない身だ。お前を幸せにしてやれる自信が……なかったために、いたづらに傷付けてしまった」
”嘘じゃない” と否定されても、信じられない。
ルーカスと結ばれないことは、聖女選定に落ちた時から覚悟していた。
それでも、未練を……抱えていたのは、オリヴィエだけではなかったのか。
「本当に済まない。未練がましい男だが……お前にまだ、ほんの少しでも俺への愛着が残っているなら、俺を信じて、待っていてくれないか」
ルーカスは瞼を伏せた。
手綱から右手を離すと、躊躇いがちに、指をオリヴィエの目元へ伸ばす。
「万事丸く収めてみせる」
「嘘じゃないの? 信じても、いいの? 今でも、私を……?」
「こんな場面で嘘を吐くほど、俺は愚かじゃない。本当はずっと、オリヴィエが好きだった」
ルーカスはオリヴィエの右目の涙を優しく拭った。
そんな台詞をルーカスの口から聞けたなら、どんなに嬉しく天にも昇る気持ちになるだろうと夢想していた時もあった。
だが、実際にそんな場面に直面してみたら、そんなキラキラした感動に至らない。
どちらかと言えば、夢を見ているようだ。
これは本当に現実なのだろうか?
「返事を聞かせてくれないか?」
「わ、私は……」
問いかけにオリヴィエは動揺した。
ルーカスはまるで、オリヴィエの気持ちを既に知っているかのように落ち着き払っている。
勿論返事は決まっている。今だって昔だって、ずっとずっと変わらない。
そのはずなのに、唇が震えて言葉が出ない。
オリヴィエには聖女の他に、もう一つ、問題を抱えていた。
待てない。待つ時間がオリヴィエにはないと。そう、返事をしなければならない。
しかし、それは心を引き裂かれるより辛い選択だった。
これ以上は我慢できない。
「私、も……」
オリヴィエは深く呼吸した。言葉を紡ごうと口を開いた瞬間、冷たい突風が吹く。
「私も、好きだった。ずっと、ずっと……っ」
髪の毛が風で舞い上がり、睫毛を掠める。
オリヴィエは堪らず目を瞑った。
刹那、体温がぐっと近づいたかと思うと、唇に熱い感触が。
さっと触れただけだったけれど、何が起きたのかくらいはオリヴィエにもわかった。
ルーカスの身体は静かに離れ、微かな温もりだけが残った。
「ありがとう。……職務の域を超えたな。早く、戻ろう」
ルーカスはオリヴィエの体勢を元に戻すと、また前だけを向いて馬を走らせる。
オリヴィエは胸の高まりが治まらぬまま、ルーカスの横顔を黙って見上げる。
もっと体を起こして向き直らなければ、正面から表情を窺えない。
けれど仄かに耳たぶが赤く染まっている様が見て取れて、それ以上追及する気が潰えた。
それから宿舎に着くまでの時間は、まさに至福だった。
暖かくて、心地いい。宿舎がずっと、遠ければいいのに。
いつしか、ルーカスに秘匿した罪の意識など吹き飛んでしまうほど、オリヴィエは幸せな気持ちでルーカスの胸に身を預けていた。
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