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魔物

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 声の持ち主は男、距離は10メートルもない。

 中背で、声の質からいっても体格は良くない。

「余計な口を利くな。行くぞ」

 もう1人はやたらと詰まった声をしている。呼吸も浅く、小太りの男だと推測される。

 足音が遠ざかり、置いて行かれるとわかった。

 ならば、とオリヴィエは身体を捩って、ポケットの切れ込みへと手を突っ込んだ。

 腰に帯びていた剣は奪い取られたようだが、潜ませていた小刀には気付かれなかったようだ。

 右のポケットは切り取って細工をしてある。

 ポケットに手を差し込めば、直接ズボンの中に手が入る仕組みだ。

 腿にベルトで留めてあった小刀を引き抜いて、持ち手を返して手首の縄を切る。

 麻袋の適当な部分に突き立てて、切り裂いた。

「待ちなさい! 事情を、吐いてもらうわよ」

 オリヴィエは袋から這い出すと、既に遠くなっていた男たちに呼びかける。

「げえっ、何で出られるんだ!?」

「知らねえよ。追っかけて来た。逃げるぞ」

 男らは立ち止まって振り向くと、駆けだした。

「待ちなさい!」

 周囲は何の変哲もない、木立ばかりの景色だった。

 混乱する部分はあるものの、現状を聞き出さなければ、解決までに時間が余分にかかる。

「待てと……言うのに!」

 しかし、追われる相手も必死で、まるで止まる素振りはない。

 走り方から察するに、戦闘の経験もなさそうだ。

 オリヴィエは追いかけながらも、刀を構えて狙いすます。

 細男の後方から、小刀を投げた。

 オリヴィエは、男の進路を読んでいた。

 小刀は男を追い越し、影に隠れようとしていただろう、幹に突き刺さる。

「ひぃっ」

 もちろん直接傷付けるつもりはない。

 怯んだ男の元へ、猛然と走り寄る。

 飛びついて羽交い絞めにする。男はもがいたが、オリヴィエの力には敵わない。

「は、離せ! 離してくれ! なんて女だ」

「ここはどこ!? あんたたちは何者なの? 私に何をしたの? 知ってることを全て吐きなさい!」

 もう1人は、仲間が捕まったと見ても助けに来ない。

 すぐに見切りをつけて1人で逃げ去った。

 更に追求しようとオリヴィエは力を籠める。

 しかし、それを許してくれる時間はなかった。

 あの時に感じた――いや、それ以上の揺れが大地を襲った。

「ななななな……なんだぁ!?」

 細男の悲鳴が余りにも五月蠅くて、オリヴィエは叫ぶ隙もない。

「……大地が……!?」

 オリヴィエは揺れに体を揺さぶられるのを感じながら、事態を察する。

 恐らく地震だ。しかしただの地震ではない。何か別の力が働いているように思える。

 周囲を見渡して気付いた。木々の葉がざわめいている。

「この揺れ……ただの地震じゃないわ。何かが来る……!」

 その時、オリヴィエの耳は誰かの悲鳴を拾った。

「あっちだ!」

 細男に構わず走り出す。声は、右手側から聞こえた気がした。

 せっかく解放されたのに、腰が抜けたのか細男はその場にへたり込んでいた。

 小刀を引き抜き、声の方角を振り仰ぐ。

 ぶぉおぉん

 と、叩きつけた突風に、木の葉がバチバチと音を立てて揺れる。

(何が、起きてるの? わけがわからない! 皆は無事? 団長は……)

 オリヴィエは、肘を上げて目を庇いながら、前進する。

 風向きのお陰で、方角に自信を持てた。

 もし、魔物ならクレバスの方角から出現するはずだ。

 駐屯地もその近くにある。

 走りながら、頭の中を整理する。

 細男を逃がしてしまったから、詳細は不明だ。

 でも、イレーネが何かしらの鍵を握っている。

 身近な人間に命を狙われていたと考えると、ぞっとなる。

 愛情をもって接していたつもりだったから、それなりにショックでもある。

 けれど、それ以上の感傷は抱かなかった。

 度重なるアクシデントに、オリヴィエの神経は麻痺しつつあるのかもしれない。

(とにかく、戻らなきゃ……! 皆、無事でいて……!)

 走りながら、オリヴィエは願った。

 騎士の皆は軽傷だったはずだが、万全ではない。

 未知の魔物が襲撃すれば、騎士団にオリヴィエが加わったところで大した戦力になりもしない。

 けれど、一緒に戦いたい。

 仮令たとえこの身と引き替えても、ルーカスとリリアだけは。王国の未来のために守らなくては。


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