117 / 140
魔物
15
しおりを挟む
ゆらり、ゆらり。
揺り籠の中で心地の良い揺れが、いつまでも続くような錯覚。
オリヴィエは夢と現の境で微睡んでいた。
身体は鉛のように重い。意識は混濁して、頭がぼんやりとしている。
「おい、もう、沢山だ。とっとと置き去りにして、早く逃げよう。ここまで運べば充分だろ」
どこかで誰かが、声を押し殺しながらも言い争っているのが聞こえた。
「崖から落とせっちゅう依頼だったが、律義に守ってちゃあ儂らの命も危うい」
「そうだな。ひどい地震が2度もあった。お嬢さんもここらは物騒だからデュランドから出ろと仰ってたしな。この辺に置いておけば、どうせ化物にやられる。そうなりゃ同じだろうよ」
途端に揺れが治まり、どすん、と体が投げ出される。
衝撃で、オリヴィエはぼんやりと覚醒した。
(ここは……どこ……)
辺りは薄暗いが、夜ではないことは判る。
身体中が何かに覆われ、そのせいで光が遮られている。
光を遮るのは、布状のものだ。
身じろぐと、体が軋んだ。痛みはないが、関節がぎしぎし言う気がする。
(私、どうしたのかしら……。急に意識が遠くなって……)
オリヴィエは自由が利かないながらも、もぞもぞと体を動かしてみる。
気を失うまでの記憶をぼんやりと辿り、不意に、覚醒する。
「イレーネ!! 何のつもり!?」
覚醒するなり、記憶の名残を再現するかのように、叫ぶ。
気を失う前、オリヴィエはリリアの部屋にいた。
ダイニングに戻り、ルーカスの要請に応じるべきだと諭しに訪ねた。
部屋では先に、イレーネがリリアを説得しに当たっていた。
オリヴィエはリリアに話しかけた。
「デュランドに残ってもらっても、団長は貴女を危険な目に遭わせるつもりはないわ。今まで通り、私たちが護衛に就くから。聖女がいるだけで、皆の指揮が高まるのよ」
「そんなことは、私だって、理解してるわ。でも、何が起きるか、分からないでしょう? 騎士団の人達だって、魔物の煙であんな風に……」
リリアは生来の気の強さをすっかり失ったように見えた。
口調ははっきりせず、何を言っているのか聞き取りにくい。
「これから王都へ応援を要請する。5日と経たずに正規軍が到着するわ。街の市民やデュランドの騎士たちの指揮のために……」
オリヴィエは何と繕おうか思案した。
しかし、しばし言い淀んで、取り繕うのを止めた。
「ごめんなさい、リリア。やっぱり私は今までいい加減だったかもしれない。……聖女、だからだけでなく、ルーカス様の伴侶なら、あの人が望む時に傍を離れてはいけない。あの人を支え、あの人と共に、この国を護るのが、貴女の使命よ。ルーカス様は、リリアを必要としているの。その気持ちに、応えてあげて」
偽らざる本心を告げれば、目の奥から熱いものが込み上げた。
切ない。
感情を一言で表すなら、”切ない”としか形容できない。
ルーカスの伴侶たる存在は、オリヴィエが望んでやまない物だった。
どうして私じゃないのだろう。選ばれたのが私だったら。
言い尽くせない思いが込み上げて、一度、言葉に詰まる。
どうしてこんな風に、他人を説得しなければならないのだろう。
揺り籠の中で心地の良い揺れが、いつまでも続くような錯覚。
オリヴィエは夢と現の境で微睡んでいた。
身体は鉛のように重い。意識は混濁して、頭がぼんやりとしている。
「おい、もう、沢山だ。とっとと置き去りにして、早く逃げよう。ここまで運べば充分だろ」
どこかで誰かが、声を押し殺しながらも言い争っているのが聞こえた。
「崖から落とせっちゅう依頼だったが、律義に守ってちゃあ儂らの命も危うい」
「そうだな。ひどい地震が2度もあった。お嬢さんもここらは物騒だからデュランドから出ろと仰ってたしな。この辺に置いておけば、どうせ化物にやられる。そうなりゃ同じだろうよ」
途端に揺れが治まり、どすん、と体が投げ出される。
衝撃で、オリヴィエはぼんやりと覚醒した。
(ここは……どこ……)
辺りは薄暗いが、夜ではないことは判る。
身体中が何かに覆われ、そのせいで光が遮られている。
光を遮るのは、布状のものだ。
身じろぐと、体が軋んだ。痛みはないが、関節がぎしぎし言う気がする。
(私、どうしたのかしら……。急に意識が遠くなって……)
オリヴィエは自由が利かないながらも、もぞもぞと体を動かしてみる。
気を失うまでの記憶をぼんやりと辿り、不意に、覚醒する。
「イレーネ!! 何のつもり!?」
覚醒するなり、記憶の名残を再現するかのように、叫ぶ。
気を失う前、オリヴィエはリリアの部屋にいた。
ダイニングに戻り、ルーカスの要請に応じるべきだと諭しに訪ねた。
部屋では先に、イレーネがリリアを説得しに当たっていた。
オリヴィエはリリアに話しかけた。
「デュランドに残ってもらっても、団長は貴女を危険な目に遭わせるつもりはないわ。今まで通り、私たちが護衛に就くから。聖女がいるだけで、皆の指揮が高まるのよ」
「そんなことは、私だって、理解してるわ。でも、何が起きるか、分からないでしょう? 騎士団の人達だって、魔物の煙であんな風に……」
リリアは生来の気の強さをすっかり失ったように見えた。
口調ははっきりせず、何を言っているのか聞き取りにくい。
「これから王都へ応援を要請する。5日と経たずに正規軍が到着するわ。街の市民やデュランドの騎士たちの指揮のために……」
オリヴィエは何と繕おうか思案した。
しかし、しばし言い淀んで、取り繕うのを止めた。
「ごめんなさい、リリア。やっぱり私は今までいい加減だったかもしれない。……聖女、だからだけでなく、ルーカス様の伴侶なら、あの人が望む時に傍を離れてはいけない。あの人を支え、あの人と共に、この国を護るのが、貴女の使命よ。ルーカス様は、リリアを必要としているの。その気持ちに、応えてあげて」
偽らざる本心を告げれば、目の奥から熱いものが込み上げた。
切ない。
感情を一言で表すなら、”切ない”としか形容できない。
ルーカスの伴侶たる存在は、オリヴィエが望んでやまない物だった。
どうして私じゃないのだろう。選ばれたのが私だったら。
言い尽くせない思いが込み上げて、一度、言葉に詰まる。
どうしてこんな風に、他人を説得しなければならないのだろう。
29
お気に入りに追加
630
あなたにおすすめの小説
【完結】妖精姫と忘れられた恋~好きな人が結婚するみたいなので解放してあげようと思います~
塩羽間つづり
恋愛
お気に入り登録やエールいつもありがとうございます!
2.23完結しました!
ファルメリア王国の姫、メルティア・P・ファルメリアは、幼いころから恋をしていた。
相手は幼馴染ジーク・フォン・ランスト。
ローズの称号を賜る名門一族の次男だった。
幼いころの約束を信じ、いつかジークと結ばれると思っていたメルティアだが、ジークが結婚すると知り、メルティアの生活は一変する。
好きになってもらえるように慣れないお化粧をしたり、着飾ったりしてみたけれど反応はいまいち。
そしてだんだんと、メルティアは恋の邪魔をしているのは自分なのではないかと思いあたる。
それに気づいてから、メルティアはジークの幸せのためにジーク離れをはじめるのだが、思っていたようにはいかなくて……?
妖精が見えるお姫様と近衛騎士のすれ違う恋のお話
切なめ恋愛ファンタジー
記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話
甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。
王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。
その時、王子の元に一通の手紙が届いた。
そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。
王子は絶望感に苛まれ後悔をする。
身代わりの公爵家の花嫁は翌日から溺愛される。~初日を挽回し、溺愛させてくれ!~
湯川仁美
恋愛
姉の身代わりに公爵夫人になった。
「貴様と寝食を共にする気はない!俺に呼ばれるまでは、俺の前に姿を見せるな。声を聞かせるな」
夫と初対面の日、家族から男癖の悪い醜悪女と流され。
公爵である夫とから啖呵を切られたが。
翌日には誤解だと気づいた公爵は花嫁に好意を持ち、挽回活動を開始。
地獄の番人こと閻魔大王(善悪を判断する審判)と異名をもつ公爵は、影でプレゼントを贈り。話しかけるが、謝れない。
「愛しの妻。大切な妻。可愛い妻」とは言えない。
一度、言った言葉を撤回するのは難しい。
そして妻は普通の令嬢とは違い、媚びず、ビクビク怯えもせず普通に接してくれる。
徐々に距離を詰めていきましょう。
全力で真摯に接し、謝罪を行い、ラブラブに到着するコメディ。
第二章から口説きまくり。
第四章で完結です。
第五章に番外編を追加しました。
大好きな旦那様が愛人を連れて帰還したので離縁を願い出ました
ネコ
恋愛
戦地に赴いていた侯爵令息の夫・ロウエルが、討伐成功の凱旋と共に“恩人の娘”を実質的な愛人として連れて帰ってきた。彼女の手当てが大事だからと、わたしの存在など空気同然。だが、見て見ぬふりをするのももう終わり。愛していたからこそ尽くしたけれど、報われないのなら仕方ない。では早速、離縁手続きをお願いしましょうか。
【完結】捨ててください
仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
ずっと貴方の側にいた。
でも、あの人と再会してから貴方は私ではなく、あの人を見つめるようになった。
分かっている。
貴方は私の事を愛していない。
私は貴方の側にいるだけで良かったのに。
貴方が、あの人の側へ行きたいと悩んでいる事が私に伝わってくる。
もういいの。
ありがとう貴方。
もう私の事は、、、
捨ててください。
続編投稿しました。
初回完結6月25日
第2回目完結7月18日
「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。
あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。
「君の為の時間は取れない」と。
それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。
そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。
旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。
あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。
そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。
※35〜37話くらいで終わります。
余命六年の幼妻の願い~旦那様は私に興味が無い様なので自由気ままに過ごさせて頂きます。~
流雲青人
恋愛
商人と商品。そんな関係の伯爵家に生まれたアンジェは、十二歳の誕生日を迎えた日に医師から余命六年を言い渡された。
しかし、既に公爵家へと嫁ぐことが決まっていたアンジェは、公爵へは病気の存在を明かさずに嫁ぐ事を余儀なくされる。
けれど、幼いアンジェに公爵が興味を抱く訳もなく…余命だけが過ぎる毎日を過ごしていく。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる