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魔物

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 西の方角へ逃げるのを、イレーネが目撃している。

 人一人を連れて逃げられるほどの大きな鳥なら、そう、容易に姿を隠せない。

 だが、何故人を連れ去る?

 オリヴィエはリリアを庇ったそうだが、何故リリアを狙った?

 怪鳥が魔物の一種なら、聖女であるリリアは天敵だろうに。

 ルーカスはそのまま宿舎の周囲を、塀に沿って駆け回った。

 窓からの距離を目視で測りつつ、夢中になってぐるりと一周した。

 しかし、何の形跡もない。

 鳥の影も形もない。

(どこへ逃げた? オリヴィエをどうするつもりだ!?)

 クレバスまで行けば、手掛かりが掴めるだろうか。

 思いつくままに踵を返したが、深追いしないと明言したばかりだ。

 思い留まって、足を止めた。

 駐屯地は街の外れに位置している。街ごと簡易な策で周囲を囲んである。

 しかし、その先には国境しかない。

 国境付近は漠とした草原で、遮蔽物もなだらかな丘が連なるばかり。

 ぱっくりと口を開けた地面の切れ目以外には、何もない。

 身を隠しようにも身を隠せる場所がない。

 国境を越えて、隣国にでも連れ去られたか?

 そうならば、追跡の手を阻むものはない。

「くそっ」

 柵に八つ当たりをして、やむを得ずルーカスは引き返した。

(ともかくクリストファーが戻り次第、体勢を立て直す。捜索隊を結成しよう)

 聖女を護るのは、聖騎士団の本懐だ。

 だが、その身に代わって攫われて、オリヴィエは今どのように心細い思いをしているだろう。

 働きを認めてやらなければならないのに、少しも褒める気にならなかった。

 たら、ればを唱えてもどうにもならない。

 だが、こんなことになるなら、やはり何をしてでも騎士団を追い出すべきだった。

(くそ、オリヴィエ……! 無事でいてくれよ)

 そう願いながらも引き返し、駐屯所の敷地に足を踏み入れた瞬間だった。

 身体ごと引きずり込まれるかのような衝撃が、全身に走る。

「!?」

 それはほんの一瞬の出来事で、ルーカスは瞠目した。

 一体、何が起きた? 駐屯地を取り囲む簡易な柵がぐにゃりと歪んで見えたかと思うと、視界が反転し、暗転する。

(……な……っ)

 地面へ叩きつけられた衝撃に、ルーカスは息を詰めた。

 何が起きたか分からない。

 どすん、と尻餅をつく。

 原因が地の振動だと察したのは、数秒遅れてだった。

 震動などと呼べるほど、生易しいものではない。

 自らの影が覆い隠されていることに気付き、はっと振り仰ぐと、地面が縦にも横にも歪んでいる。
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