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魔物

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 ルーカスの傍に居られるから有頂天だっただろうが、リリアは聖女の仕事に関しての意識も知識も皆無だった。

 聖女の加護をどのように発現させるかも、まだ判っていないようだし、今すぐにリリアに頼るのは、荷が重すぎる。

 理解はできるが、そんなリリアを逃がしてあげたい、と気遣うルーカスの心情に、オリヴィエの心は複雑に絡んだ糸に締め付けられる。

「リリア、恐れる気持ちはわかるわ。けど、ここはクリストファー様の仰る通り、デュランドへ留まるべきよ」

「っ……イレーネ? 本気?」

「誰だって魔物は怖いわ。けど、貴女には使命があるのだから……ルーカス様、少しリリアとお話をしてきてもよろしいでしょうか」

「構わないが……別に説得するような話でもない。指揮を執るのは俺だ」

 イレーネは、ルーカスがクリストファーの主張を取り下げても気にせずリリアを連れてダイニングを出た。

 自室で話すつもりだろう。

「まったく、とんだ聖女様ですね」

「お兄様! そんな言い方しないで! 不敬だわ」

 オリヴィエが怒っても、クリストファーは首をすくめただけだ。

 悪びれる様子もない。

「小さな女の子を虐めるなんて。お兄様はどうにかしてる」

「どうにかしてるのはオリヴィエや団長だと、私は思う。これから未曾有の有事に陥るかもしれないのに、悠長すぎる。危機は、待ってはくれない。一刻も早く自覚を持って頂くしかない。それが選ばれた者の責任だ」

 オリヴィエはもどかしくて唇を噛む。

 クリストファーの意見は真っ当だ。

 だが、色々な私情が重なり過ぎて、何が正しいのか即座に判断できない。

 ルーカスがリリアを特別扱いしている姿を目の当たりにするのは辛い。

 リリアを連れて、王都に帰れば、騎士団員の中で一人だけ、危険から離脱することになる。

 でも、恐怖に怯えるリリアを、無理を押してこの地に留めるのも、正しいとは思えない。

「でも、リリア本人の意見も聞いていないのに」

「あの娘は貴族になりたいとか抜かしたのだろう? 貴族が何の覚悟もなく人の上に立っていると、何か思い違いをしている。ただふんぞり返って偉そうにしてれば成り立つと思われているのだと思うだけで、私は不快になったんだ」

 どうしてそんな裏での話がクリストファーの耳にまで届いていたのか。

「私たちは自分の家名や立場に誇りを持って生き、或いは自由を犠牲にしている。……ルーカス様やお前こそが良い例だ」

「ちょっと、お兄様。今はそんな話、関係ないでしょう」

 自分の名を持ち出されて、ルーカスは、は、と顔を上げた。

 咎めるような目をクリストファーへ向けるが、クリストファーは引かなかった。
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