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魔物

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「大丈夫よ」

 2人の頭を撫でようとして、オリヴィエは動きを止めた。

 泥だと認識していたものは、どうやら泥でない――

 大地から間欠泉のように噴き出した黒い物体は、飛沫を上げているようで、個別の動きを見せ始めた。

(あれは何!?)

 正体は分からない。

 だが、ムカムカと嫌悪感が湧き上がる。

 目で認識はできていないが、叫んでいた。

「蟲よ! 窓を塞いで!!」

 叫びながらも部屋を横切り、開け放たれていた窓を閉めて回る。

 イレーネとリリアも恐る恐る立ち上がり、窓の外を見て身を竦めた。

「あれが、蟲なの?」

 リリアが尋ねる。オリヴィエに答えを求めているわけではないだろう。

「オリヴィエさん、これを使う?」

 イレーネが目ざとく、窓際に駆け寄った。施錠してから、上部に掛かる、カーテンを引っぱる。

 しかし、イレーネだけの力ではどうにもならず、オリヴィエも加勢する。

 力を籠めると、カーテンレールごと外れて、臙脂のカーテンが2人に被さった。

「すごい力ね」

 関心するイレーネに、照れている暇はない。

 レールが外れて、これ幸いだ。

 割れた窓の隙間から、蟲が侵入しないよう、窓枠の四隅をカーテンで塞ぐ。

「リリア、ドアを閉めて!」

 完璧とは言えないが、何もしないよりはましだろう。

 騎士たちが出て行った扉は開け放たれている。

 まだ手が離せないので、リリアにも協力を仰いだ。

 返事がないので目だけで確認すると、リリアは外の光景を目にして蒼白になっていた。

(いつも強がっているけど、本当は怖がりだったのね)

 オリヴィエは心を痛めたが、今はリリアに構っている暇はない。

 イレーネが窓を離れ、扉を閉めて回る。

 ぷりぷり文句を言いつつも、戻ってオリヴィエを手伝ってくれた。

 おかげで、カーテンを固定することができた。

「これで、一先ずは……」

 ほっと一息ついたのも束の間。

 オリヴィエは窓の外に、信じられないものを目にして息を吞んだ。

「何なの……これは……」

 イレーネとリリアも、言葉を失って立ち尽くす。

 2人の視線を辿ると、そこには黒い蟲の群れが空を埋め尽くしていた。

 まるで雨雲のように空の一角を覆っている。

 その群れが動きだし、一斉に下降を始めれば、こちらに迫ってくるのではと不安に駆られる。

 大地を揺るがす振動は治まったものの、蟲たちの不気味な大行進は続いている。

 オリヴィエは改めて窓の外に視線を戻し、観察する。蟲の動きは、黒い帯がうねる様だ。

 蟲一体にそれぞれの、というよりは、一纏まりで一つの意思を持っているような印象を受ける。

「気味が悪いけど、取り敢えずは大丈夫だから、安心して」

 本心では、窓の隙間を防ぎきれている自信はない。

 あの蟲たちが一斉に突っ込んで来たなら、ガラスなど容易く破られる。

 しかし、怯えるリリアをなだめるために笑顔で呼び掛けた。

 外では蟲たちが飛翔するための羽擦れで、ブーンと不快な音を奏でている。
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