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聖女

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 正面には開き窓にグリーンのカーテン、手前に執務机がある。

 机上の中央は整然とした空間があるが、左そでには決裁を待つ書類が積み上げられている。

 優先順位など、お構いなしに、一番上から取って目を通す。

(俺より相応しい男など、いてたまるか。何が何でも、俺のものにする)

 結論は、そこへ達した。

 腐っている時間はない、他人を羨む余裕も、自らの境遇を嘆く暇もない。

 諦めないために、全力を尽くすしかない。

 結局は、それしかないと再度認識する。

 役割を放棄するような男は、オリヴィエに相応しくない。

 溜まった書類に片っ端から目を通し、裁決を下す。

 事務的な文面に目を通すと、煮えた頭も徐々に落ち着きを取り戻す。

 リリアの台詞が彼女の勘違いでなければ、オリヴィエは幾ばくか、ルーカスの妻の座に心を残しているのではと推察できる。

 言い訳や説得などは、ルーカスの性に合わない。

 実行して、見せつけて、示す。

 長い間、ずっと、どれだけ俺がオリヴィエを想っているか。

(……ん? これは)

 ほとんどがぺら紙1枚の書類の中に、数10枚が綴じられた冊子が混じっていた。

 国境付近の警備に派遣されている、第3部隊からの報告書だ。

 報告書作成者はクリストファー・シルバーモント。

 奇しくも、オリヴィエの兄の筆跡だった。

 彼はやや、度が過ぎると噂になるほど妹想いなのだと噂に聞いていた。

 あれほどの妹を持てば誰でもそうならざるを得ないと、理解できる部分もある。

 しかしそんな噂に似合わず、彼は非常に優秀な部隊長の役割を果たしていた。

 剣術の腕も確かだが、クリストファーはどちらかと言えば文官寄りの資質を備えているのでは。

 この文面を見る限りでは、そう印象を受けた。

 そこには、国境での監視対象になっている巨大なクレバスの、詳細な観察経過が記載されていた。

 クレバスは建国創成期に現れた魔物の、出現経路であったと伝わっている。

 国境警備隊には警戒が義務付けられていた。

 およそ半世紀の周期で、国境周辺に微細な震動が確認される。

 なんとも不吉な現象ではあるが、実害はなく、警戒のみが引き継がれた。

 その原因を聖女の喪失と関連性を見出したのが、ルーカスだ。

 王太子として積み重ねた知識と、人並外れた聖女への関心が双方を結び付けた。

 現に最近の震動が頻発するようになった時期は、祖母の他界した時期と合致している。

 国境警備隊による観察が始まり、振動に伴ってクレバスは拡大していると発覚した。

 しかし、周期は月単位で数センチにしか及ばない。遠目では差異が認められない程度だった。

 観測を実測に切り替えるべきだ、と主張したのはクリストファーだ。

 クリストファーが国境に派遣されたのは1年前だから、観測期間はそう長くない。
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