将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです

きぬがやあきら

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聖女

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「いやよ、帰らないわ。私はまだ……」

「そんな態度で聖女だなんて、恥ずかしい行いよ。ほら、早く帰るのよ……!」

 存外イレーネには逆らえないらしく、2人の声が遠ざかる。

「2人を出口まで見送って……いや、俺が行こう」

 セルゲイはオリヴィエに命じかけたが、思い直して自ら2人を追った。

 不意の来訪にすっかり 気が削がれてしまった。

 リリアは去り際に「まだ、ルーカス様に言いたいことがあったのに」と言い残していたが、改めて出直すつもりだろうか? 

 受付には厳しく制限を言い渡しておかなければ。

「すみません。私が至らないばかりに、休養のお邪魔をして。……お体はもう大丈夫ですか?」

「ああ、もう大丈夫だ。ちょうど今、出ようとして着替えを済ませたところだった。こちらこそ、俺の私情で不快な思いをさせて済まなかった」

 謝罪したつもりだったのに、オリヴィエの目が見開かれて、失言だったのかと戸惑った。

 見間違いではない。

  オリヴィエの瞳が、涙で揺れている。

 何かとんでもない過ちを犯してしまったのか、と動揺しながらも、ルーカスはその光景に見惚れつつあった。

 張力を失ってぽろんと零れた宝玉は、比類がないほどに美しい。

「ごめんなさ……、私、一旦失礼します……!」

 オリヴィエはルーカスに謝罪すると、踵を返して走り出した。

「オリヴィエ……!?」

 逃げられる原因がわからず、戸惑う。

 だが、今こそ引き留める時だと気づいて、慌てて追いかけた。

 オリヴィエは階段を降り、1階へ向かった。

 ルーカスも続いて1階へ降りようとして、踊り場で足を止めた。

 オリヴィエは泣いていた。

 嗚咽を押し殺すように、肩を震わせて。

 セルゲイの胸に縋って、泣いていた。

 どうして、俺にじゃなくセルゲイになんだ?

 俺が泣かせたからか?



 ――オリヴィエはどうして泣くんだ。



 嫉妬と混乱がルーカスの動きを鈍らせた。

 セルゲイは、いつになく心痛な面持ちでオリヴィエを見守る。

 頭を撫で、肩を抱き、何事かを囁いているようでもあった。

 声をかけて2人を引き離そう。そう思い至るまで、10秒とかからなかった。

 階下へ降りて咳払いを一つする。

 それだけで、2人は弾かれたように距離を取る。

 一連の流れは、火を見るよりも明らかだったのに、ルーカスの足は、階下とは真逆に進んでいた。

 自室を通り越し、執務室へと向かった。



 ”オリヴィエにはいくらでも、相応しい男がいる。セルゲイなら申し分ない”

 ”セルゲイは上司の俺に遠慮しているだけで、オリヴィエに気があるのかもしれない”



 数多の思惑が脳内を駆け巡り、乱暴に鍵を差す。

 しかし、鍵を開錠する必要はなかった。閉め忘れていたようだ。
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