将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです

きぬがやあきら

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聖女

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 10月6日。

 初代聖女アイリスの生誕祭から早3日。

 ルーカスは寮の自室に籠っていた。

 王城には帰っていない。

 灯りをつけていないので、正午に近い時刻ながら、室内は薄暗い。

 生誕祭からここずっと、雨続きの空模様だった。

 サアサアと降りしきる雨が、たまに風にあおられ、窓に吹き付ける。

 そのため窓も締め切りだ。

 ルーカスはシャツにトラウザーズ一枚の、ラフな格好でベッドの縁に腰を掛けていた。

 何をするでもなく、ひたすら雨音に耳を澄ましている。

 俺という男の役割は、いったい何なのだろう。

 ルーカスは自らの生い立ちを思い起こす。

 アルディア王国、シュラウド皇太子とサジテリアス公爵家の次女、フローラとの間に生まれた、第一男児。

 3人兄妹の長兄だ。

 フローラはルーカスの出産前にも男児を身籠っていた。

 だが、残念ながら死産だったと聞いている。

 そのせいか、必要以上に手をかけて、神経質なくらい過保護に育てられた。

 7歳の洗礼式を済ませるまで、1人で過ごした記憶がないくらいだ。

 祖父が崩御し、父が王位を継承した。その翌年には祖母が。

 聖女だった祖母の死によって、ルーカスの花嫁が必然的に定められた。

 元々、王族や貴族の婚姻は、個人の意思との一致を必要としない。

 一目も会ったことのない相手と一生を添い遂げるのは、当然の義務だった。

 ルーカスは生真面目な後継者で、与えらえた課題には過不足なく応えてきた。

 しかし、何に対しても受動的で、自分から何かを求める気質はない。それが、自分だと信じて疑わなかった。

 あの日、オリヴィエを見るまでは。

 泉のほとりで、草の上に足を投げ出し、一人で本を読んでいた。

 ふわふわのプラチナブロンドと翡翠色の目を持つ少女の姿は、小さいのに神々しくて、泉の精が姿を現わしたのではと目を疑ったほどだ。

「お兄様のご用で王都へ来たの。でも、退屈だったから」

 ルーカスが尋ねると、艶やかなほっぺが持ち上がる。

 にっこりと細められた瞳に自分の姿が映るのを見て、ルーカスは胸の高鳴りを覚えていた。

「僕も……退屈だと、思っていたんだ」

 口に出すと、ルーカスは初めて自分が退屈を感じていたのだと自覚した。

 今までは何かを感じるものがあっても、不要であれば見ぬふりをした。

「ご本は好き? 一緒に読みましょう」

 誘われて、並んで本に見入った。

「どうして靴を脱がないの?」

「……どうして、靴を脱ぐの」

「裸足のほうが気持ちがいいのよ」

 当然のような口ぶりに、真似をして靴を脱いだ。

 裸足になると、丈の短い草にチクチクと足の裏を刺激されて、こそばゆい。

 なのに不思議と心地よい。

「本当だ。君って物知りだね」

「私は、オリヴィエよ。あなたは?」

 ニッコリと微笑む、湧き出る泉のような清らかな少女と出会って、ルーカスの人生は一変した。
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