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娼館の制圧

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 オリヴィエは2人を促した。

 カシャン

 するとその時、屋敷のほうから、何かが割れる音が響いた。

 はっと、背後を振り仰ぐ。制圧が始まった。

 目を向けたと同時に、また、何者かが門から飛び出して来た。

「木の影に隠れて!」

 オリヴィエは鋭く囁く。

 出て来た人間は何やら甲高い声で叫んでいるが、聞き取れない。

 同時に野太い声と重なったからだ。

「こっちに来たら、この女を殺すぞ!!」

(人質を取ったの!)

 甲高い声は、女性の悲鳴だ。

 オリヴィエは、迷わず駆け出した。

 ルーカスたちが乗り込んで、制圧行動が開始された。

 騎士団員の腕前は、生半可な破落戸では太刀打ちできない。

 早々に見切りをつけた関係者の一人が、娼婦を人質に逃亡を図ったのだろう。

 いくら屈強な団員達でも、人質がいれば、やたらな攻撃はできない。

 だからこそ、存在に気付かれていないオリヴィエが動くべきだ。

 オリヴィエは低重心を保ちながら、接近した。

 門の周囲には塀がめぐらされている。

 森へ向かう馬車道までは100mほどで、遠くはない。

 しかし、視界が開けているので十中八九、男はその退路を選ばないだろう。

 右か左、塀に沿って逃げるに決まっている。

 オリヴィエに気付く確率は2分の1。

(なら、一秒でも早く背後を取る――)

 身を隠しながら勢いを殺すより、内部に気を取られてこちらに背を向けている、今が好機だと判断した。

 接近して、男は左手で女の首に腕を回して拘束していた。

 反対の手にナイフのような物を握って、前方へ突き出す。

 内部の兵たちを威嚇しているようだ。

「人質を殺されたくなけりゃ、今すぐ全員武器を置け!」

 男は、刃物を上下に振り回した。

 女性の悲鳴が合間に上がる。

 まだ、気付かれていない。

 あと一歩で間合いに入る。オリヴィエは男と人質の位置関係を瞬時に把握した。

(人質は傷付けさせない――)

 男の腕が再び、振り上がるタイミングで、オリヴィエは正面に回り込んだ。

 振り上げた前腕を捉え、同時に足の甲をブーツの踵で思い切り踏みつける。

「ぐっ」

 悲鳴を上げる隙も、人質に危害を加える隙も、与えない。

 痛みに怯み、男と人質との間に隙間ができた。そこに膝を突き入れる。

 腹を庇うように、身体が前方に折れ曲がった。

 男にはもう、人質を拘束する余裕はない。

 身長差で届かない手首は諦めて、上腕を捻り上げながら、肘を極める。

 肘の動きに合わせて痛みを逃そうと、男は身体を捻って仰け反った。

「離れて!!」

 オリヴィエは人質に向かって叫びながら、刃に触れないよう注意を払って足を体側にねじ込む。

「ぐぁっ、痛え! いででで……」

 ほとんど力が入っていないのに、男は依然、武器を保持したままだった。
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