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舞踏会

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 だからと言って、全てをオリヴィエに任せてばかりはいられない。

 ルーカスも、二手に別れて、さりげなく他の組の談話に加わったり、その周囲での噂話に注意を払った。

「……で、ウエナ夫人は長らくお子を授からなかったでしょう。近頃では養子を迎えるお話しも出ているそうよ」

「養子と言えば……。ソクラー家のミネア嬢をご存じ?」

「いいえ。ソクラー家にお嬢様などいらっしゃったかしら」

「それがつい、2月前頃養子にお迎えになったそうなのよ。我が家のメイドが服飾店で見かけたの。見事なブロンドのお嬢様だけれどあまり外は出歩かないみたいで」

「でも、わざわざ女児を養子に迎えたの? 跡継ぎなら男児を迎えるのでは?」

「ですから、知人の間ではソクラー男爵の隠し子ではないかと、噂になっているのよ」





「~から聞いた」「~のようだ」「~らしい」





 総て憶測の域を出ない、信憑性の薄い話ばかり。

 しかしその、「らしい」という伝聞が、人々の想像を掻き立てる。

 いつもならば、聞き流してそれまでになる話題だが、今日ばかりはそういかない。

「へえ、それは凄いな。そんな美人があの屋敷にいたなんて初耳だ。ぜひ一度は目にしたいものですね」

 ルーカスは話に混ざりながら、耳を傾けた。

(ミネア・ソクラー、か)

 ルーカスはできるだけ温和な笑顔を浮かべながら、注意深く、その名を覚える。

「あら、ゴーウェル様。よろしいの? そんなことを仰って。可愛い婚約者フィアンセを泣かせるおつもり?」

「そんな。美を愛でるのは万人に共通する、ごく自然な欲求ですよ。どうこうなろうというのではなく、単純な関心です」

 ルーカスは大袈裟にお道化てみせた。

「それはそうですわね。ゴーウェル様のような美男子から関心を寄せられたとあれば、ソクラー家のご息女も、きっと喜ばれますわ」

「機会があれば、ぜひ、ミネア嬢にもそうお伝えください」

 にこっ。

 ルーカスは意識して、爽やかな微笑みを浮かべた。

 ここは多少媚を売ってでも、貴婦人たちの好感を得ておきたい。

「まあ! ミネア嬢に、直接、ですか?」

「それは難しいかもしれませんが、ソクラー夫人になら……。ねえ、皆様」

 婦人たちは顔を見合わせると、一斉に含み笑いを浮かべた。

 どうやら目論見は上手くいったようだ。

「でも、よろしいんですの、ゴーウェル様。貴方がよその女性に関心を示しているから、肝心のお嬢様がベルモール公爵の毒牙に掛かっておしまいよ?」

「えっ?」

 余裕のある笑顔を維持できたのはそこまでだ。
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