上 下
45 / 140
舞踏会

しおりを挟む
 それだけなのに、この変貌ぶりはどういうことだろう?

(これはこれで、どう対応して良いのか分からないし……)

 オリヴィエは、心の中でぼやいた。

 それでようやく、オリヴィエはルーカスにどんな態度を取られても、困るのだと気が付いた。

(ほんと、重傷だわ……)

 オリヴィエは、ルーカスの視線から逃れるように、再び手元の地図に目を落とした。

「それで、明日の打ち合わせなんですが」唐突に、オリヴィエは話題を戻す。

「ああ、そうだった」

 ルーカスは思い出したように顔を上げたが、相変わらず表情は読めない。

 どこか上の空の様子だが、打ち合わせには真面目に対応している。

「私とお前は、リュート領主の縁戚に扮する。元々お前は伯爵令嬢だし、過度な演技は必要ない」

「リュート領主の? でも、今演技と言われて気付きましたが、団長は皇太子として顔が知れ渡っているのでは……?」

 どうして今まで気付かなかったのだろう?

 いや、オリヴィエが気付かなくとも、ルーカスやセルゲイが見落とすとも思えない。

「ボッカはアリシア国の統治下とはいえ、自主管理で伸び伸びとしたいのか、税を治めるだけで碌に政治にも参加してこない。だから、俺の顔など知る由もないさ。ただ、名前だけは間違えるなよ。俺はレヴァンシエル、だ。レヴァンとでも呼べばいい」

「レヴァン、ですね。了解しました」

 名前を偽るなんて、子供の頃のごっこ遊びのようだ。

 何となく楽しくなったオリヴィエの返事に、応えるようにルーカスは悪戯っぽく微笑んだ。

「それで、お前はレティーだ。俺は愛称の、レイと呼ぶ」

「はい……えっ? すると、リュート伯の縁戚とは」

 ルーカスの、雰囲気が、変わる。

 名前ではなく愛称で呼び合うだなんて、親しい男女のようだ。

「伯爵の孫娘はお前と同じ、銀髪だそうだ」

「えっ、私のほうがお血筋なんですか?」

 しかも、親し気な呼び方に釣られてルーカスを取り巻く空気まで軽くなった気がする。

「令嬢と、その婚約者という設定だ。令嬢は外国育ち、婚約者は学者筋であまり社交界に顔を出さない。人選はセルゲイに任せたんだが」

(セルゲイさんが。まさか)

 オリヴィエは、ルーカスの言葉の端々から、情報を読み取った。

 セルゲイは、オリヴィエがまだ、ルーカスを慕っていると知っている。

 2人を〝婚約者”という役柄に当てはめることによって、オリヴィエの気持ちを少しでも叶えてくれようと、気を回してくれたのか。

 まさか、オリヴィエの気持ちまでルーカスに明かしたのではないだろうか……とだけは気になる。

「……色々と、完璧だ。着任早々、応用力が試される任務で骨が折れるだろうが、お前がいてくれて良かった」

 どっきーん。

 と、胸の奥を弾かれたような音がする。

「警備状態なんかは、現場を見て判断するしかない。お前なら、普段通り振舞っても完璧な令嬢だ。レディーの素養と騎士の身体能力、両方を兼ね備えた人間は他にはない」

 どっき、どっきん。

(もう、駄目かもしれない)

 オリヴィエは、ルーカスの何気ない一言に胸を潰された。

(そんな風に褒められると、嬉しすぎるわ……)

 条件を褒められたにすぎないのに、喜びを噛み殺せない。

 どうしても、顔が笑いそうになる。

 それに、この様子から察するに、セルゲイはオリヴィエの気持ちを黙っていてくれたに違いない。

 その点も安心できた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】妖精姫と忘れられた恋~好きな人が結婚するみたいなので解放してあげようと思います~

塩羽間つづり
恋愛
お気に入り登録やエールいつもありがとうございます! 2.23完結しました! ファルメリア王国の姫、メルティア・P・ファルメリアは、幼いころから恋をしていた。 相手は幼馴染ジーク・フォン・ランスト。 ローズの称号を賜る名門一族の次男だった。 幼いころの約束を信じ、いつかジークと結ばれると思っていたメルティアだが、ジークが結婚すると知り、メルティアの生活は一変する。 好きになってもらえるように慣れないお化粧をしたり、着飾ったりしてみたけれど反応はいまいち。 そしてだんだんと、メルティアは恋の邪魔をしているのは自分なのではないかと思いあたる。 それに気づいてから、メルティアはジークの幸せのためにジーク離れをはじめるのだが、思っていたようにはいかなくて……? 妖精が見えるお姫様と近衛騎士のすれ違う恋のお話 切なめ恋愛ファンタジー

もう長くは生きられないので好きに行動したら、大好きな公爵令息に溺愛されました

Karamimi
恋愛
伯爵令嬢のユリアは、8歳の時に両親を亡くして以降、叔父に引き取られたものの、厄介者として虐げられて生きてきた。さらにこの世界では命を削る魔法と言われている、治癒魔法も長年強要され続けてきた。 そのせいで体はボロボロ、髪も真っ白になり、老婆の様な見た目になってしまったユリア。家の外にも出してもらえず、メイド以下の生活を強いられてきた。まさに、この世の地獄を味わっているユリアだが、“どんな時でも笑顔を忘れないで”という亡き母の言葉を胸に、どんなに辛くても笑顔を絶やすことはない。 そんな辛い生活の中、15歳になったユリアは貴族学院に入学する日を心待ちにしていた。なぜなら、昔自分を助けてくれた公爵令息、ブラックに会えるからだ。 「どうせもう私は長くは生きられない。それなら、ブラック様との思い出を作りたい」 そんな思いで、意気揚々と貴族学院の入学式に向かったユリア。そこで久しぶりに、ブラックとの再会を果たした。相変わらず自分に優しくしてくれるブラックに、ユリアはどんどん惹かれていく。 かつての友人達とも再開し、楽しい学院生活をスタートさせたかのように見えたのだが… ※虐げられてきたユリアが、幸せを掴むまでのお話しです。 ザ・王道シンデレラストーリーが書きたくて書いてみました。 よろしくお願いしますm(__)m

記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話

甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。 王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。 その時、王子の元に一通の手紙が届いた。 そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。 王子は絶望感に苛まれ後悔をする。

【完結】白い結婚成立まであと1カ月……なのに、急に家に帰ってきた旦那様の溺愛が止まりません!?

氷雨そら
恋愛
3年間放置された妻、カティリアは白い結婚を宣言し、この結婚を無効にしようと決意していた。 しかし白い結婚が認められる3年を目前にして戦地から帰ってきた夫は彼女を溺愛しはじめて……。 夫は妻が大好き。勘違いすれ違いからの溺愛物語。 小説家なろうにも投稿中

【完結】愛を知らない伯爵令嬢は執着激重王太子の愛を一身に受ける。

扇 レンナ
恋愛
スパダリ系執着王太子×愛を知らない純情令嬢――婚約破棄から始まる、極上の恋 伯爵令嬢テレジアは小さな頃から両親に《次期公爵閣下の婚約者》という価値しか見出してもらえなかった。 それでもその利用価値に縋っていたテレジアだが、努力も虚しく婚約破棄を突きつけられる。 途方に暮れるテレジアを助けたのは、留学中だったはずの王太子ラインヴァルト。彼は何故かテレジアに「好きだ」と告げて、熱烈に愛してくれる。 その真意が、テレジアにはわからなくて……。 *hotランキング 最高68位ありがとうございます♡ ▼掲載先→ベリーズカフェ、エブリスタ、アルファポリス

「君以外を愛する気は無い」と婚約者様が溺愛し始めたので、異世界から聖女が来ても大丈夫なようです。

海空里和
恋愛
婚約者のアシュリー第二王子にべた惚れなステラは、彼のために努力を重ね、剣も魔法もトップクラス。彼にも隠すことなく、重い恋心をぶつけてきた。 アシュリーも、そんなステラの愛を静かに受け止めていた。 しかし、この国は20年に一度聖女を召喚し、皇太子と結婚をする。アシュリーは、この国の皇太子。 「たとえ聖女様にだって、アシュリー様は渡さない!」 聖女と勝負してでも彼を渡さないと思う一方、ステラはアシュリーに切り捨てられる覚悟をしていた。そんなステラに、彼が告げたのは意外な言葉で………。 ※本編は全7話で完結します。 ※こんなお話が書いてみたくて、勢いで書き上げたので、設定が緩めです。

【完結】さようなら、婚約者様。私を騙していたあなたの顔など二度と見たくありません

ゆうき@初書籍化作品発売中
恋愛
婚約者とその家族に虐げられる日々を送っていたアイリーンは、赤ん坊の頃に森に捨てられていたところを、貧乏なのに拾って育ててくれた家族のために、つらい毎日を耐える日々を送っていた。 そんなアイリーンには、密かな夢があった。それは、世界的に有名な魔法学園に入学して勉強をし、宮廷魔術師になり、両親を楽させてあげたいというものだった。 婚約を結ぶ際に、両親を支援する約束をしていたアイリーンだったが、夢自体は諦めきれずに過ごしていたある日、別の女性と恋に落ちていた婚約者は、アイリーンなど体のいい使用人程度にしか思っておらず、支援も行っていないことを知る。 どういうことか問い詰めると、お前とは婚約破棄をすると言われてしまったアイリーンは、ついに我慢の限界に達し、婚約者に別れを告げてから婚約者の家を飛び出した。 実家に帰ってきたアイリーンは、唯一の知人で特別な男性であるエルヴィンから、とあることを提案される。 それは、特待生として魔法学園の編入試験を受けてみないかというものだった。 これは一人の少女が、夢を掴むために奮闘し、時には婚約者達の妨害に立ち向かいながら、幸せを手に入れる物語。 ☆すでに最終話まで執筆、予約投稿済みの作品となっております☆

処理中です...