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舞踏会への招待状

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 一口含むと、ほのかな甘みが広がった。茶葉も高級なものだろう。

「おいしいです」またオリヴィエは感想を述べるタイミングを外したので、慌てて言い添えた。

「 お口にあって、良かったわ。お茶菓子も、どうぞ」

 ラシェルはにこりと微笑んで、自身のカップにもお茶を注いだ。

 確か、ティーセットを用意してくれたのはセルゲイだったような……。

 口には出さずに戸惑っていると、セルゲイと目が合う。

 互いに同じことを考えていたようで、ふっと笑い合った。

「どうしたの、あなたたち?」

 向かいに座った婦人は、不思議そうに首を傾げる。

「いえ、なんでもありません」

 オリヴィエは誤魔化すように、お茶菓子に手を伸ばした。

「舞踏会、楽しみね」

 ラシェルが何気なく言ったので、オリヴィエも頷いた。

 ラシェルはきっと、本当の目的までは知らない。

「ええ、とっても素敵な舞踏会になりそうです。ラシェルさん、ありがとうございます」

「いいのよ。わたくし、女の子を輝かせるのが大好きですの」

「マダムは普段、王都でオートクチュールの店を営んでいてね。今日は目立ちたくないから、こうして出張してもらったんだ」

 セルゲイが説明してくれる。なるほど、その関係か。オリヴィエは納得する。

 だが、王都に店を構えるほどのマダムとは一体……。

「王都のお店は、とても素敵なのよ。是非一度いらしてね」

 ラシェルの提案は魅力的だった。しかし……。

「まあ、ありがとうございます。楽しみですわ」

 オリヴィエはそう答えるしかなかった。

 この任務が終われば、しばらくはドレスと無縁の生活を送る。

 だから、任務とはいえ、少しだけ……舞踏会を楽しみにさせてもらおう。

「ところで……オリヴィエは、ダンスの経験は?」

「……え?」

 思いがけない質問に、オリヴィエが目を瞬くと、セルゲイはにっこりと微笑みを浮かべた。

「まさか、ない、なんて言わないよね? 伯爵家のご令嬢が」

「いえ、大分、昔には……、少し。けれど、ここ数年はもっぱら剣術の稽古ばかりで……」

 妙な圧を感じて、しどろもどろになる。

「それじゃあ今日は、まっすぐ帰ってダンスの稽古だな。ヒールにも慣れてもらわないと。マダム、悪いんだけどもうひと仕事お願いできるかな。舞踏会の当日履く予定の靴と同じ高さのヒールがある靴を一足と、それに併せて寮で着られる普段着を見繕って欲しい。なるべく動きやすいものを」

「畏まりましたわ。私の店にはドレスしかありませんから、お茶が済んだらホテルのブティックへ移動しましょう」

「え、あの……」

 オリヴィエが口を挟む間もなく、婦人とセルゲイの間で話が纏まってしまった。

「寮でって、舞踏会前にも履くんですか?」

「慣れない物をいきなり履いたら足を痛める。週末まであまり時間はないから付け焼刃だけど、それでもしないよりはましだろう」

「そう、ですか」

 オリヴィエは頷くしかなかった。セルゲイの迫力に根負けしたのだ。

「舞踏会までは毎日ダンスの練習だからね。練習相手として、俺が付き合うよ」

「はい……」

 そんなわけには行かないと反論したかったが、既にセルゲイの中では決定事項のようだったので、オリヴィエは素直に従った。

「それとも、団長とのほうがいい?」

「いえ、セルゲイさんとがいいです」

 どきん、と胸が跳ね上がって、オリヴィエは即座に返答する。

 気恥ずかしさで頬が熱くなるのを感じた。

 そうか、ルーカスなら、絶対にダンスの嗜みがある。

 いや、嗜みどころか、きっと文字通り王子様張りに違いない。

 13歳以来封印して来たオリヴィエのダンス経験では、張り合えまい。

「そう? それは光栄だ」とセルゲイが楽しそうに目を細めるので、オリヴィエは自分が墓穴を掘ったことに気付いた。

「それじゃあ今晩から早速、練習開始だね」

 セルゲイの晴れやかな笑顔に、オリヴィエも笑顔で返したが、その胸中は穏やかではなかった。

(これは……まずいことになったような)

 ダンスは元から嫌いではない。けれどセルゲイの笑顔はどこか不穏だ。

 オリヴィエはこっそり溜息をついた。
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