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舞踏会への招待状

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 夜の街、として栄えている割に、治安が良い。

 領主の目が行き届いていて、安定した税が納められている。

 問題が起きなければ、特に政治は介入しない。

「なぜ、ボッカに?」

「最近、あそこの賭博場で不穏な動きがあると報告がありました」

 セルゲイは淡々と答えた。その冷静さが、かえって不気味だ。

「不穏な動き?」

「賭博場は、表向きでは貴族や商人が出資して作った団体ですが、実態は違うようです。貴族を隠れ蓑にして、誘拐・人身売買が頻繁に行われていると通報がありました。通報者がボッカの隣、リュート領まで庇護を求めて逃げ込んだために明らかになりました」

「なんだ、それは。初耳だぞ」

 ルーカスは眉を顰めた。

「私も、たった今ご報告申し上げました。受け取ったばかりの情報ですので、ご容赦ください」

 セルゲイは悪びれもせず言ってのける。実際にその通りだからだろう。

 ルーカスは先を促す。

「攫われているのは皆、13歳未満の幼女ばかり。聖女候補を誘拐し、商品にしているのではと推測されます」

 ぞわっ。

 意味するところの不快さに、怒気が膨らむ。

「まさか」

「聖女は王太子と婚姻するのが慣わし、なのは周知の事実です。王家と縁を結びたいと目論む輩が湧いてもおかしくはない。そのために聖女候補と養子縁組を望む貴族もまたしかり、と……こちらは噂の域を出ませんが、看過できません」

「選定式の召集状は戸籍を元に作成されている。誘拐したのでは、招集状は手に入らない」

「招集状なぞ、偽造すればいいでしょう」

 セルゲイはさらりと言ってのけた。

 偽造すればいい、とは、騎士団の一員にあるまじき台詞だ。

 だが、もっともな意見でもある。

 悪党は常に非合法な道を懸命に探究するものだ。

 ルーカスは、顎を指で摩った。

「つまり、偽造書類の印刷所も、街のどこかにあると?」

「ええ。恐らくは」

「お前がそこまで主張するってことは、通達は聖殿の監察官からか」

 セルゲイは頷いた。

「落選するかもわからない子供を引き取る家のほうが少ないので、恐らく攫われた子供らは、今年の選定式までどこかに集められているはずです」

「しかし、秘密裏に売買されるならまだしも、選定式で足枷を付けるわけにもいくまい。攫われた者たちが大人しくしているだろうか?」

「ですのでその部分も含めて、現地の様子を探らなければなりません。招待客を装って、舞踏会にお2人で出席してください。騎士団内でもオリヴィエは団長の補佐的役割ですから、業務内容としても不自然ではないはずです」

「本当に、よく考えたものだ。俺よりよほど優秀だな」

「お褒めに与り恐縮です。ではご了承いただけたという事で」

「一つ、条件がある」

 ルーカスはぴしゃりとセルゲイの言葉を遮った。掌を彼に向ける。

「オリヴィエに余計な事を吹き込むなよ」

「吹き込みませんよ、私はね。ただ、団長は週末、舞踏会の警備をしながらオリヴィエに、自分がどれほど重い愛をこじらせているか、胸の内を打ち明けてください。それ次第では、オリヴィエが騎士を辞めて団長の妾妃となる決断もできましょう」

「俺はそこまで望んではいない」

 ルーカスは慌てて反論した。しかし、無意識にごくりと唾を飲み込む。

 オリヴィエに愛を打ち明ける――その瞬間を想像するだけで、ルーカスの心臓は高鳴り、頰には血が上った。

「無理ですよ。団長は諦めきれない。被害が第三者に及ぶ前に、ご自分で決着をつけてください。ところで、当日お2人がお召しになる衣装は、どうします? 私に一任してくださいますか?」

「……好きにしろ。何人連れて行く? 会場の規模は?」

「良かった。やっと前向きな話ができそうです」

 ルーカスの承諾に、セルゲイは安堵した表情を見せた。
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