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事情

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 約束を交わしたあの日、オリヴィエはまだたったの5歳だった。

 ルーカスに恋心を抱いていたかどうかなど、わからない。

 たとえ恋心が芽生えていても、10年は心変わりするのに、充分な歳月だ。

 ひょっとしたらオリヴィエは、ルーカスよりも聖女の役割のほうに興味を持っていたのかもしれない。






 コンコン

 思惑にふけっていると、扉がノックされる。

「誰だ」

「失礼します」

 入って来たのは副団長のセルゲイだ。

「誰かと聞いたのに」

「声でお判りでしょう? プレートを取りに伺ったんです」

 セルゲイはつと、机の上のプレートに目を移す。

「何だ、まだ残っているじゃありませんか」

「考え事をしていた」

 セルゲイは水差しからグラスに水を注いでくれた。

 勇猛果敢な副団長の名に似合わず、手つきは優美で繊細だ。

 この男の能力は買っている。

 ルーカスは黙ってグラスを煽る。水を一気に飲み干した。

「考え事とは彼女のことですか?」

 セルゲイはルーカスが団長に就任する前から、第1隊の副団長だった男だ。

 物静かだが、洞察力に優れている上に、気配りもできる。ルーカスも全幅の信頼を置いている。

「いったい何をどう拗らせたら、あんな風に暴言が吐けるんです」

「……聞いていたのか?」

 ルーカスは空になったグラスを、カツン、と音を立ててデスクに置いた。

「聞こえたんですよ。逆に私があの場にいなければ、他の者が聞いていたでしょう」

 セルゲイは淡々と、ルーカスのグラスにもう一杯水を注ぐ。

「素直に本心を告げれば良いものを」

「お前に俺の本音がわかるのか」

 幼い頃オリヴィエにしたプロポーズは、誰にも話していない。

 いくら心からの望みでも、容易に口にしてはならないと、子供心にルーカスは知っていた。

 渇望すれば、誘惑に弱くなる。

 大切なものは、弱点になる。

 幼い頃から繰り返し説かれて来た帝王学が、染みついている。

 しかし、セルゲイの考える「ルーカスの本音」には、少しだけ興味が湧いた。

 ルーカスは余裕を装って、ふっ、と浅い笑みを浮かべた。

「わかりますよ。これだけ長い付き合いですから」

「なら、俺がどう思っていると?」

 先を促す。

「お前を忘れられないんだ。一度でいいから抱きたい。でなければ妾妃になってくれ」

 ぐふう

 予測の100倍上を行く台詞に、ルーカスは咽せた。

 セルゲイの上品な口から出る言葉とは思えない。

 口に含んだ水が、行き場を失い、気管に入り込む。

「なんだ、その酷い台詞は」

「何って、これが団長の本音ですよ? 感想通り、ぎりぎりアウトです。しかしオリヴィエも動揺していたので、そ
こまで気が回らないでしょう。……もしかして無意識でしたか」

 咳き込みながら、ルーカスは片手で顔を覆う。

「馬鹿を言え……お前、言ってて恥ずかしくないのか」

「私の本音じゃありませんので、全く」

 平然と返され、愕然とする。
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