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事情

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 ルーカスは、プレートを持ったまま、2階の自室へと足早に戻る。

 後ろからオリヴィエが付いて来るようで鬱陶しかったが、オリヴィエの部屋は隣なのだから仕方ない。

 オリヴィエを部屋割りを差配したのは、ルーカスだ。

 苛立ちに任せてプレートを握りつぶしかけ、すぐに思い直して乱暴に机に置いた。

 部下の前では冷静でいなければ……そう思っていても、抑えようとするほどに怒りと焦燥が増していく。

 理論的な判断が下せていないのは、何よりも自分が良く知っている。

 オリヴィエは優秀な騎士だ。試験結果を見る限り、それは、認めるしかない。

 しかし、ルーカスが彼女に求めているのはそういう能力ではない。

 だが、何をどうしろというのか。何を教えろと言うのか。何を期待するというのか――? 





『オリヴィエが美人で一番動揺してるのは、団長じゃないんですか?』






 エリックの指摘が、脳裏に蘇る。

 その通りだ。オリヴィエは美しくなった。

 そうなるだろうと、誰よりも良く知っていた。

 3年前の聖女選定では、ルーカスもまたショックを受けた一人だった。

 オリヴィエこそが、聖女になると信じていた。

 ――だって、あの娘以上に、聖女に相応しい人間がこの世にいるか?

 初めて彼女を目にした瞬間、天からの使いが舞い降りたのかと目を疑った。

 月の光が零れたように神秘的な銀色の髪に、翡翠色の瞳。

 白磁の肌は透き通るようで、彼女の周りだけ現実離れして見えた。

 何もかもがルーカスから遠い存在で、それでいて、一番近くにあるように思えていた。

 オリヴィエを、自分のものにしたい。

 当時ルーカスは10歳だった。まだ性的な欲望は伴わない、だが、それが恋だと本能で知っていた。

 オリヴィエが聖女になれば、この気持ちは成就する。

 そう信じて疑わなかったし、時折耳にする噂話では、オリヴィエはルーカスの信じた通りの女性へと成長している
ようだった。

 しかし、選定で落選してしまった。

 どれほど大きな失意だったか、判らない。ただ、一つ確かなのは、彼女の落度ではないないことだけ。

 ルーカスが生まれながらに第一王位継承者であることと同じように、定められた運命だった。

 ならば他に打つ手はないのかと、頭を捻り続けた。

 国教会へも働きかけた。しかし、何も変わらない。

 やがて導き出した唯一の答えが、聖騎士団を最強の部隊に仕立て上げることだった。

 聖女がなくとも、王国の安寧が守れると証明できればいい。

 ルーカスが誰を妻に娶っても、誰にも文句を言わせない。

 そのためには、一日も早く聖騎士団を盤石なものにする必要があった。

 だが……

 まさかオリヴィエが、騎士団の一員となるとは、思いも寄らない。

 どうしてそんな道を選んだのだろう。

 ルーカスのことは覚えているようだった。

 オリヴィエにとってあの約束は、もう過去のものとなっていた。

 聖女になれなかった時点で、ルーカスの妻にはなれない。と約束の無効を選択したのだろう。

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