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選定式
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彼女もまた、預言に衝撃を受けていた。
口元を手で覆い、恐れに戦慄いている。
(私は……死ぬの……?)
しかし、当のオリヴィエは至って冷静だった。
そう、全く動揺がなかった。
オリヴィエには、死ぬかもしれないという恐怖よりも、生に執着する気持ちがないのが大きかった。
自分が聖女でないのなら。
ルーカスとの将来がないと判って絶望していた。
これからどう生きれば良いのか、途方に暮れていたくらいだった。
だから、若くして生涯を閉じると聞いても、さしたる衝撃がなかった。
むしろ、救われた気さえする。
オリヴィエは目を瞬いた。
昨日の聖堂からどこかぼんやりと霞んでいた世界が、急に輪郭を取り戻す。
慄く兄の顔も、今にも泣き出しそうなミユも、盲目のオルガノの優しく誠実な表情さえも、はっきりと見て取れた。
「お兄様、ミユ……恐れないで」
自分でも驚くほど、まろやかな声が出た。
口元には、自然に微笑みが浮かぶ。
「命は儚いものよ。生も死も、一時の移り変わりに過ぎないもの。私は聖女ではない結果も、この運命も受け入れるわ」
オリヴィエはベッドから身を起こすと、床に落ちたお盆を拾い上げて、ミユに差し出す。
「ミユ、そんなに心配しないで」
優しく包み込むような声に、ミユはようやく我に返ったのか、泣き笑いを浮かべてお盆を受け取った。
「でも、そんな……お嬢様。私は信じたくありません」
「結果を疑って、自分の希望に縋りつくことは簡単よ。でも、その勝手な逃避で大切なものを見失ったら……それこそ取り返しがつかない気がするの」
オリヴィエは思いつくままを語った。
それは落選してからずっと、結果を否定したいと願った自分への回答でもある。
花盛りの前に命の灯が消えるとすれば、オリヴィエに残された時間はあまりない。
死を否定して目を逸らすよりも、それまでにできることを数えるほうが、有意義ではなだろうか。
「オリヴィエ、そんなに……そんなに簡単に諦めてはいけない! それに、まだ決まったわけではない。父上にも相談しよう。それから……」
クリストファーが懸命に、オリヴィエを諭しにかかる。
しかし彼女は首を左右に振って、兄を押しとどめた。
「お父様がどれほど偉大でも、神がお決めになった運命を変えられますか……? それに私がシルバーモント家に……、お兄様の妹として生まれ落ちたのも運命なら、私は運命を変えたいとは思いません」
「オリヴィエ」
クリストファーは言葉に詰まった。
「その、とても13歳とは思えぬ立派なお考え、担力も尋常ならざるお方ですな」
オルガノが重々しく口を開くと、クリストファーの表情が曇った。
苦汁を味わうみたいな表情で、口を開く。
「どんなに立派でも、素晴らしくても、ちっとも嬉しくないよ……」
声を絞り出して目を瞑ると、そのまま黙ってしまった。
口元を手で覆い、恐れに戦慄いている。
(私は……死ぬの……?)
しかし、当のオリヴィエは至って冷静だった。
そう、全く動揺がなかった。
オリヴィエには、死ぬかもしれないという恐怖よりも、生に執着する気持ちがないのが大きかった。
自分が聖女でないのなら。
ルーカスとの将来がないと判って絶望していた。
これからどう生きれば良いのか、途方に暮れていたくらいだった。
だから、若くして生涯を閉じると聞いても、さしたる衝撃がなかった。
むしろ、救われた気さえする。
オリヴィエは目を瞬いた。
昨日の聖堂からどこかぼんやりと霞んでいた世界が、急に輪郭を取り戻す。
慄く兄の顔も、今にも泣き出しそうなミユも、盲目のオルガノの優しく誠実な表情さえも、はっきりと見て取れた。
「お兄様、ミユ……恐れないで」
自分でも驚くほど、まろやかな声が出た。
口元には、自然に微笑みが浮かぶ。
「命は儚いものよ。生も死も、一時の移り変わりに過ぎないもの。私は聖女ではない結果も、この運命も受け入れるわ」
オリヴィエはベッドから身を起こすと、床に落ちたお盆を拾い上げて、ミユに差し出す。
「ミユ、そんなに心配しないで」
優しく包み込むような声に、ミユはようやく我に返ったのか、泣き笑いを浮かべてお盆を受け取った。
「でも、そんな……お嬢様。私は信じたくありません」
「結果を疑って、自分の希望に縋りつくことは簡単よ。でも、その勝手な逃避で大切なものを見失ったら……それこそ取り返しがつかない気がするの」
オリヴィエは思いつくままを語った。
それは落選してからずっと、結果を否定したいと願った自分への回答でもある。
花盛りの前に命の灯が消えるとすれば、オリヴィエに残された時間はあまりない。
死を否定して目を逸らすよりも、それまでにできることを数えるほうが、有意義ではなだろうか。
「オリヴィエ、そんなに……そんなに簡単に諦めてはいけない! それに、まだ決まったわけではない。父上にも相談しよう。それから……」
クリストファーが懸命に、オリヴィエを諭しにかかる。
しかし彼女は首を左右に振って、兄を押しとどめた。
「お父様がどれほど偉大でも、神がお決めになった運命を変えられますか……? それに私がシルバーモント家に……、お兄様の妹として生まれ落ちたのも運命なら、私は運命を変えたいとは思いません」
「オリヴィエ」
クリストファーは言葉に詰まった。
「その、とても13歳とは思えぬ立派なお考え、担力も尋常ならざるお方ですな」
オルガノが重々しく口を開くと、クリストファーの表情が曇った。
苦汁を味わうみたいな表情で、口を開く。
「どんなに立派でも、素晴らしくても、ちっとも嬉しくないよ……」
声を絞り出して目を瞑ると、そのまま黙ってしまった。
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