上 下
9 / 140
選定式

しおりを挟む
 彼女もまた、預言に衝撃を受けていた。

 口元を手で覆い、恐れに戦慄いている。

(私は……死ぬの……?)

 しかし、当のオリヴィエは至って冷静だった。

 そう、全く動揺がなかった。

 オリヴィエには、死ぬかもしれないという恐怖よりも、生に執着する気持ちがないのが大きかった。

 自分が聖女でないのなら。

 ルーカスとの将来がないと判って絶望していた。

 これからどう生きれば良いのか、途方に暮れていたくらいだった。

 だから、若くして生涯を閉じると聞いても、さしたる衝撃がなかった。

 むしろ、救われた気さえする。

 オリヴィエは目を瞬いた。

 昨日の聖堂からどこかぼんやりと霞んでいた世界が、急に輪郭を取り戻す。

 慄く兄の顔も、今にも泣き出しそうなミユも、盲目のオルガノの優しく誠実な表情さえも、はっきりと見て取れた。

「お兄様、ミユ……恐れないで」

 自分でも驚くほど、まろやかな声が出た。

 口元には、自然に微笑みが浮かぶ。

「命は儚いものよ。生も死も、一時の移り変わりに過ぎないもの。私は聖女ではない結果も、この運命も受け入れるわ」

 オリヴィエはベッドから身を起こすと、床に落ちたお盆を拾い上げて、ミユに差し出す。

「ミユ、そんなに心配しないで」

 優しく包み込むような声に、ミユはようやく我に返ったのか、泣き笑いを浮かべてお盆を受け取った。

「でも、そんな……お嬢様。私は信じたくありません」

「結果を疑って、自分の希望に縋りつくことは簡単よ。でも、その勝手な逃避で大切なものを見失ったら……それこそ取り返しがつかない気がするの」

 オリヴィエは思いつくままを語った。

 それは落選してからずっと、結果を否定したいと願った自分への回答でもある。

 花盛りの前に命の灯が消えるとすれば、オリヴィエに残された時間はあまりない。

 死を否定して目を逸らすよりも、それまでにできることを数えるほうが、有意義ではなだろうか。

「オリヴィエ、そんなに……そんなに簡単に諦めてはいけない! それに、まだ決まったわけではない。父上にも相談しよう。それから……」

 クリストファーが懸命に、オリヴィエを諭しにかかる。

 しかし彼女は首を左右に振って、兄を押しとどめた。

「お父様がどれほど偉大でも、神がお決めになった運命を変えられますか……? それに私がシルバーモント家に……、お兄様の妹として生まれ落ちたのも運命なら、私は運命を変えたいとは思いません」

「オリヴィエ」

 クリストファーは言葉に詰まった。

「その、とても13歳とは思えぬ立派なお考え、担力も尋常ならざるお方ですな」

 オルガノが重々しく口を開くと、クリストファーの表情が曇った。

 苦汁を味わうみたいな表情で、口を開く。

「どんなに立派でも、素晴らしくても、ちっとも嬉しくないよ……」

 声を絞り出して目を瞑ると、そのまま黙ってしまった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】妖精姫と忘れられた恋~好きな人が結婚するみたいなので解放してあげようと思います~

塩羽間つづり
恋愛
お気に入り登録やエールいつもありがとうございます! 2.23完結しました! ファルメリア王国の姫、メルティア・P・ファルメリアは、幼いころから恋をしていた。 相手は幼馴染ジーク・フォン・ランスト。 ローズの称号を賜る名門一族の次男だった。 幼いころの約束を信じ、いつかジークと結ばれると思っていたメルティアだが、ジークが結婚すると知り、メルティアの生活は一変する。 好きになってもらえるように慣れないお化粧をしたり、着飾ったりしてみたけれど反応はいまいち。 そしてだんだんと、メルティアは恋の邪魔をしているのは自分なのではないかと思いあたる。 それに気づいてから、メルティアはジークの幸せのためにジーク離れをはじめるのだが、思っていたようにはいかなくて……? 妖精が見えるお姫様と近衛騎士のすれ違う恋のお話 切なめ恋愛ファンタジー

身代わりの公爵家の花嫁は翌日から溺愛される。~初日を挽回し、溺愛させてくれ!~

湯川仁美
恋愛
姉の身代わりに公爵夫人になった。 「貴様と寝食を共にする気はない!俺に呼ばれるまでは、俺の前に姿を見せるな。声を聞かせるな」 夫と初対面の日、家族から男癖の悪い醜悪女と流され。 公爵である夫とから啖呵を切られたが。 翌日には誤解だと気づいた公爵は花嫁に好意を持ち、挽回活動を開始。 地獄の番人こと閻魔大王(善悪を判断する審判)と異名をもつ公爵は、影でプレゼントを贈り。話しかけるが、謝れない。 「愛しの妻。大切な妻。可愛い妻」とは言えない。 一度、言った言葉を撤回するのは難しい。 そして妻は普通の令嬢とは違い、媚びず、ビクビク怯えもせず普通に接してくれる。 徐々に距離を詰めていきましょう。 全力で真摯に接し、謝罪を行い、ラブラブに到着するコメディ。 第二章から口説きまくり。 第四章で完結です。 第五章に番外編を追加しました。

【完結】捨ててください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
ずっと貴方の側にいた。 でも、あの人と再会してから貴方は私ではなく、あの人を見つめるようになった。 分かっている。 貴方は私の事を愛していない。 私は貴方の側にいるだけで良かったのに。 貴方が、あの人の側へ行きたいと悩んでいる事が私に伝わってくる。 もういいの。 ありがとう貴方。 もう私の事は、、、 捨ててください。 続編投稿しました。 初回完結6月25日 第2回目完結7月18日

離縁をさせて頂きます、なぜなら私は選ばれたので。

kanon
恋愛
「アリシア、お前はもうこの家に必要ない。ブライト家から追放する」 父からの予想外の言葉に、私は目を瞬かせる。 我が国でも名高いブライト伯爵家のだたっぴろい応接間。 用があると言われて足を踏み入れた途端に、父は私にそう言ったのだ。 困惑する私を楽しむように、姉のモンタナが薄ら笑いを浮かべる。 「あら、聞こえなかったのかしら? お父様は追放と言ったのよ。まさか追放の意味も知らないわけじゃないわよねぇ?」

記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話

甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。 王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。 その時、王子の元に一通の手紙が届いた。 そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。 王子は絶望感に苛まれ後悔をする。

大好きな旦那様が愛人を連れて帰還したので離縁を願い出ました

ネコ
恋愛
戦地に赴いていた侯爵令息の夫・ロウエルが、討伐成功の凱旋と共に“恩人の娘”を実質的な愛人として連れて帰ってきた。彼女の手当てが大事だからと、わたしの存在など空気同然。だが、見て見ぬふりをするのももう終わり。愛していたからこそ尽くしたけれど、報われないのなら仕方ない。では早速、離縁手続きをお願いしましょうか。

「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。

あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。 「君の為の時間は取れない」と。 それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。 そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。 旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。 あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。 そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。 ※35〜37話くらいで終わります。

初耳なのですが…、本当ですか?

あおくん
恋愛
侯爵令嬢の次女として、父親の仕事を手伝ったり、邸の管理をしたりと忙しくしているアニーに公爵家から婚約の申し込みが来た! でも実際に公爵家に訪れると、異世界から来たという少女が婚約者の隣に立っていて…。

処理中です...