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選定式

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 オルガノはそっと、掌で包み込むようにして、オリヴィエの手に触れた。

 油分の少ない指先は、かさかさとして、長い時を重ねた者の知恵の深さを感じさせた。

 しかし、かさついた手は温かい。

 触れたところからじんわりと、温もりが広がっていく。

「ああ……見える! 見えますよ!」

 オルガノは目を開いた。

 瞼の奥には、光を返さぬ瞳があった。

(見えてるの……?)

 オリヴィエは少し、驚いた。

 そんなはずはないのだ。盲目とはそう言うものであって、見えるはずがないのに――?

(いいえ、それがオルガノ様の能力なのかしら)

 オリヴィエは感嘆の思いで、彼を見つめる。

「これは……貴女には、複雑に絡み合った特別な運命の糸が見える。それは若々しい樹木の青葉のように伸びて広がり、花盛りを前に突如として途切れる。神の御許に召され、新たなる生を授けられる宿命を負っていらっしゃる……」

「因果の、糸?」

「神の御許に召される、とは……」

 オリヴィエが呟くと、クリストファーは唸った。

「それは、どのような意味を持つのでしょうか?」

 関心のままにオリヴィエのは尋ねる。

 失意のうちに沈んでいたオリヴィエだったが、オルガノの言葉に惹かれるものがあった。

「私は、見えたものをそのまま口にしました。通常、神の御許に召されるのは、その命を全うした時になるでしょう」

「オルガノ様!!」

 クリストファーが声を荒げる。

 言葉の続きを、強く遮った。

 それもそのはずだ。

「ですから、ご依頼を頂いた際に、申し上げたではありませんか。預言の内容は良いものばかりとは限りませんと」

 オルガノの予言を信じるならば、オリヴィエは花の盛りを迎える前に、神に召されることになる。

 女性の花盛りが何歳の頃かは明確でないが、そう長くはないと予想される。

 つまり、オリヴィエは若くしてこの世を去ると――?

「オルガノ様、何かの間違いではないのですか? オリヴィエは至って健康です」

 クリストファーが、オルガノに詰め寄る。

「いいえ、私には見えます。貴女の命の糸が。他の方とは違う。とても力強いのに、唐突に途切れるのです……しかし、いつか神の御許に召されるのは人間の宿命、恐れることはありません」

「そん、そんな……!」

 クリストファーはオルガノの手を掴んで、オリヴィエから引き剥がす。

 しかしすぐに我に返り、謝罪を口にする。

「いえ、失礼致しました。ご無礼をお許しください……」

 カシャーン

 ミユが手を滑らせた。持っていたお盆を取り落とす。

 しかし、すぐに拾う気配もない。
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