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若旦那の求婚

2話

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 ぱっと見は、真面目そうだ。

 意図がまだよく呑み込めず、悠耶は一先ず周知の事実を口にした。

「惣一郎は、知っているよね?  おいらは一生独身でいようと思っていて」

「知ってる。お悠耶が円来を好きだってことも。でも、どうだろう、俺のことは? ちっとも好きになれねえか?」

 花火が打ち上がり、再び歓声が上がる。

 惣一郎は、負けじと声を張り上げた。

 何にでもすぐに気をとられる悠耶だったが、惣一郎の只ならぬ発言に、今回は花火への注意のほうが疎かになる。

「ちょっとでもなくて好きだよ? でも、待って。惣一郎は、おいらを嫁に欲しいっての? おいらは女だよ? まあ、男は嫁にはできないけど。いいや、そうじゃなくって、なんで?」

「お悠耶が好きなんだ! 他の野郎に渡したくない。だから、俺の嫁に……」

 最初は強気だった発言が、言葉尻で弱弱しくつぼまった。

 悠耶は呆気に取られて惣一郎の顔を眺めていた。

 男好きな惣一郎が、悠耶を好きだなんて、正気だろうか。

 そういえば以前、惣一郎は悠耶を男だと思い違いをしていた。

 もう誤解は解けていたけど、悠耶が男に近い風貌だから、何か倒錯しているのだろうか。

「ああ、おいらが男の形をしているから、惣一郎は思い違いをしたんだね! びっくりした。もう、よく考えてから話をしてよ」

 惣一郎の剣幕に驚いたが、悠耶は一人頷いて落ち着きを取り戻す。

 再び花火に集中しようと気を取り直すと、惣一郎は逆に熱心に悠耶へ縋って来た。

「思い違いじゃねえ! 確かに最初は、お悠耶を男だと思い込んでたが、今は女だと知ってる。それでも、お悠耶が好きなんだ! 男だろうが女だろうが関係ねえ。俺のもんにしたいから、祝言をしようと言っている」

 体つきはすっきりした線を持つ割に、大きくてかさついた掌が悠耶の手を包んで握った。

 お寺の境内で抱きしめられた時にも感じたが、惣一郎の肌は温もりが高くて心地良い。

 どうしたら良いかわからず、悠耶は漫然と握られた手を見つめた。

 傍でドンパチやっていた花火は、打ち上げ部隊が交替するため、一時、鳴り止んだ。

「お悠耶が円来を好きなのはもう仕様がねえ。だが、少しでも好きなら祝言を考えてくれ。好きなら、この際円来の次でも構わない」

「円来の次か、わからないな。お父っつあんもいるし。……嫌だな、落ち込まないでよ。そんなに惣一郎はおいらと祝言を挙げたいの?」

 好きの順番を正直に答えると、願望に煌めいていた瞳を急に曇らせ、消沈した。

 百眼が可笑しくて、悠耶は吹き出す。

「そうでなきゃ、こんな話はしねえ。笑うなよ! 俺は真剣なんだ。じゃあ少しでも好きなら、俺のとこに来いよ。一緒に暮らそう。なあ、うんと言ってくれ。そうすりゃもう二度と、深如みたいな男には言い寄らせねえ」

「そうか、祝言を挙げたら、一緒に暮らすのか……」

 ふと、頭の中に《三河屋》と家族の面々が浮かび上がった。

 今まで、好きな男女は祝言をするものだ。くらいの認識だった。

 祝言の後の生活を深く考えたことがなかったが、夫婦になるとは生活を共にするという事だ。

「仕事はどうしても、三河屋を手伝ってもらわなきゃならなくなる。口入れ屋を継がせてやれないのは、痛いところだな。でも、お悠耶がどうしてもってんなら、両親にも掛け合ってみる」

「三河屋の……仕事を手伝えるの? おいらが?」

 自然と疑問が口をついていた。そこで初めて新たな生活の想像が頭を擡げた。

 惣一郎に嫁ぐと、実際にはどうなるのだろう。

 三河屋は古着屋だ。惣一郎のお父っつあんは見かけた覚えがある。

 口数は多くないが、裏表のない印象の大旦那だ。おっ母さんは、惣一郎に良く似た、優しそうな女性だった。

 古着屋の商売には、関心がある。

 毎日、大勢の家人たちと寝起きして、沢山の商品を動かす。お客さんの人数だって、並みじゃない。

 惣一郎も、仕事の話をする時は楽しそうだし、口入れ屋の仕事とは、また違う醍醐味がありそうだ。

 口入屋は風介の商売だし、慣れているから悠耶も後を継げば良いと考えていた。

 改めてみれば、そこまでの執着はない。

 惣一郎が祝言を申し出た時は、びっくりした。

 だが単純な悠耶が想像する限りでは、惣一郎の嫁さんになるのも、悪くない気がしている。


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