お江戸のボクっ娘に、若旦那は内心ベタ惚れです!

きぬがやあきら

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美坊主の悪あがき

6話

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「まあ! こないに強う縛るなんて酷い。痛かったやろう」

「助けてくれて、ありがとう。蕨乃がこんなに力持ちだって、知らなかったよ」
  
 駆け寄った蕨乃が憤慨しながら、手首に巻かれた帯を解いてくれる。

「ううん、手伝うてもろうたんよ。天狗はんに」

「石は……天狗が手伝ってくれたんだ?  でも、さっきの足は、蕨乃だよね。おいら蕨乃が大きくなれるの、知らなかった」

「ううん、手伝うてもろうたんよ」

「天狗に?  でも、さっきの足が着ていた着物は蕨乃と……」

「ううん! 手伝うてもろうてん!!」

 蕨餅頭の蕨乃は、どんな時も表情が変わらない。

 だから感情の機微は読み取れない。

 だが台詞を遮るほど早く、力強く否定されたので、悠耶はそれ以上の追及を止めた。 

「それにしても深如は、どうしてこんな真似をしたんだろ。気持ち悪いなあ」

 自由になった手を左右に振り、心地を確かめる。

 痺れが残っているものの、異常なく動いて一安心だ。

 立ち上がって襦袢の襟を整えて、緩んでいた腰紐を締め直す。

 襦袢なんて暑苦しいし、着るのは面倒だった。

 でも、他人に脱がされる危機には、なかなかの効果をもたらすとわかった。

 滅多にない機会だと思う。

 けれど、せっかく家にはあるのだから、これからは、きちんと身につけよう。

「ほんっとうに怪しからんわ!  なんぼ夫婦になりとうても力づくなんて、クズや、クズ」
  
 心なしか蕨乃の顔の、中心に向かって、皺が寄っている気がする。

 着物も羽織り直してから、きちんと帯を締める。

 零れ落ちていた、謝礼の入った封も拾って懐へ戻した。

「蕨乃は手厳しいね。おいらも痛かったけど、深如も相当に痛かっただろうから、もういいや。疲れたから帰りたいけど、この部屋は、どうしようか」

 深如は完全に気を失っている。

 部屋は石だらけ傷だらけ穴だらけだし、お膳も転がって、しっちゃかめっちゃかだ。

 酷い目に遭ったが、これら全てを放って帰って良いものか。

「そんなん、お悠耶はんが気にする必要あらへんで。自業自得や。お悠耶はんは人が善すぎるわ。帰ろ」

 悠耶の手を取り、蕨乃が歩き出した。

「まあ、いいか。蕨乃に会えて深如にも良いことがあったし、帰ろ帰ろ」

「会うてへんわ! 忌々しい」
  
 片付けをしなくて良いなら、これ幸いと、悠耶は蕨乃の指示に乗った。

 倒れている深如を跨ぎつつ、外に出る。

 木々の木漏れ日に蝉の声。数刻前と変わらぬ景色が出迎えてくれた。

 お天道様も頭の天辺辺りで待っていてくれる。

 これなら夜の花火に余裕で間に合う。

「さっ、行こう!」
  
 伸びをして、早速山門へ向かった悠耶を、蕨乃が引き留めた。

「待って。惣一郎はんは?」

「惣一郎は……帰ったって。深如が言っていたよ?」

「深如がって?  そんなん、大嘘に決まってるやん。惣一郎はんがお悠耶はんを置いて帰るはずあらへんよ。ちょいと待っといて」

 蕨乃は言い切って、その場を離れた。松林に向かい見えなくなった。

 が、二十を数える前には戻って来た。

「やっぱし、まだいんで。こっちにおるって」
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