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美坊主の悪あがき

5話

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 でも、気づくと急に口元から手が退けられた。

「痛いっ」
  
 上半身を起こした深如は、今まさに退けた手で額を押さえている。
  
 腹の上には、まだ深如が乗っていた。

 だから身動きは取れなかったが、目は見える。
  
 明り障子を突き破って、大量の石飛礫が飛び込んでいた。
  
 さながら雨の如しだ。

「痛っ、痛たっ、何っ……」

 カッ、コッ、ゴツッ、と硬質な音を撒き散らして、大小の石の欠片が襖やら柱やらにぶつかって跳ねる。

 落ちた礫は赤ん坊の拳ほどで、どれも大きくはない。

 でも、勢いよく当たれば、それなりの威力がある。

 寝転がっている悠耶には当たらず、集中して深如を狙っている軌道だ。

 髪のない頭は見る間に傷だらけになった。

 深如は堪らず悠耶から手を放し、頭を庇う。

 障子と反対のほうへ頭を伏した。

 礫は止む気配がない。

 深如は体中に満遍なく礫を受け続けている。

 着物を着ている部分はましでも、肌の露出している部分は堪らない。

 放たれている方角を確かめる余裕もない。

 哀れな姿で、左手で頭を庇い、そのまま畳を這い回った。

 這いながら、手探りで襖を探す。指先が襖に辿り着き、縁に手を掛けた。

「あんた~~、逃げられる思うてるん?」

 襖の隙間から、じっとりと恨みがましい女の声が響いて来る。

「ええっ?」

 深如は驚き、手で押さえたまま頭を持ち上げた。

「でっ、出た、のっぺら……!」

「死ねえ!  女ん敵が!!」
  
 深如の目が、襖の奥の対象を捉えて見開かれた。

 礫が止み、襖が開く。

 巨大な足に蹴り飛ばされ、深如は仰向けに引っくり返った。勢い余って強か頭を打つ。

 その上に白くて大きな塊が、続けざまに投下された。

 どす、どす、どっす、どすん。

 布団ほどの厚みと大きさがある塊に押し潰されて、深如はぴくりとも動かなくなった。

 悠耶は、あまりに沢山の情景が目に飛び込んで来たので、ただ座ったまま成り行きを見守っていた。

 でかい足を見た気がする。

 いったい、あれは何だ?

「お悠耶はぁん!  大丈夫やってん!?」

 襖の向こうから飛び出て来たのは、小さな蕨餅頭の蕨乃だった。

 声に聞き覚えがあったから、もしやとも思った。

 だが、先ほどの口調といつもの蕨乃の様子が一致しない。

「怖かったやろ?  気づくのが遅うて堪忍なぁ。こん糞坊主が!」
  
 吐き捨てた悪罵に、先刻の声はやっぱり蕨乃のものだったんだと得心した。
  
 けれど、小さくていかにもか弱い蕨乃に、これだけの所業が可能だろうか。

 先ほど見えた大きな足は誰の物だろう。
  
 畳の上には、障子から奥に向かって部屋半分、足の踏み場もないほど大量の石飛礫が散らばっている。

 襖には石がめり込み、柱や壁のあちこちが傷だらけになっていた。
  
 潰れた深如の上に三つ積み上がっている白い塊は、注視すれば蕨乃の頭と同じ感じだ。
  
 すると蕨乃の仕業と思ったほうが辻褄が合う。
 
  蕨乃は体を大きくする能力を持った妖怪だったのだろうか。
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